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 この翌年(2016年)にソウル市江南駅近くの男女共用トイレで20代の女性が30代男性に殺される事件が起きると、「私だったかもしれない」という共感が女性の間でさらに広がった。犯人は無差別に女性を標的にしたと供述しており、6人の男性を見送った後の犯行だったことが明るみにでている。 

 2018年には現職の検事(女性)が上司のセクハラを訴えたことがきっかけとなり、韓国でも#MeToo運動が起きた。前年に発足していた文在寅政権は常に女性の側に立ち、これがさらに20~30代男性の間で不満を広げたといわれている。

韓国で#MeToo運動のきっかけを作ったと言われるソ・ジヒョン検事 ©時事通信社

 IT企業に勤める30代の会社員(男性)は言う。 

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「なんでもかんでも女性が差別されているというのはやはり腑に落ちないんです。それならば女性にも軍服務を半年という短い期間でもいいので義務化してほしい。軍生活の喪失感は味わった人にしか分からない。軍に服務した上での能力主義ならばそれこそ平等でしょう」 

17歳の男子高生メダリストも標的に

 実際に韓国では今、女性への軍服務制導入についての声が上がり始めている。そして、この軍服務問題は男女間だけでなく、男性どうしでも対立を作っている。アン選手と混成でチームを組んだアーチェリー男子の最年少キム・ジェドク選手(17歳)は混成と団体で金メダルを獲得し軍服務が免除されたが、これにも反発する声が出ているのだ。韓国紙運動部記者(男性)は言う。 

「金メダルを獲ると、国からオリンピック褒賞金や年金(金メダルの場合は生涯月100万ウォン=約9万5000円)、さらに今若い世代では手の届かないマンションを契約できる権利が与えられます。さらに徴兵も免除となれば、特に同世代はとにかく『腹が痛い』(面白くない、やっかんでいるという意味の韓国語)。

 キム・ジェドク選手は両親が幼い頃に離婚していて、父親に育てられましたが、その父親も昨年大病をしてしまった。まだ高校生ですよ。それでも1日1000射するような厳しい練習を重ねて金メダルを獲りました。それなのにこんないわれようはないでしょう。ただ、それだけ今の20~30代男性が置かれている立場が苦しいということでもある」 

キム・ジェドク選手 ©getty

 軍服務期間は近年短くなっているとはいえ、厳しい軍生活に日常を奪われることになるのは変わらない。除隊しても、「金のスプーン、土のスプーン」(階級論)といわれるように、両親の所得や出身により、どんなにスペックを積んでも就職が厳しい構造も現実に横たわる。 

 今回のショートカットヘア騒動には韓国の20~30代の男女を巡る問題が複雑に絡んでいる。 

 さて、渦中のアン選手はこの騒動について決勝戦後の記者とのやりとりで短くこう語った。 

「騒動については知っていましたが、競技に集中しようと思いました」 

 アン選手を攻撃したユーザーは今ごろ何を思うのだろうか。