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genre : 社会, 教育

「2人の名前は出さないから」

「佐藤くんは目鼻立ちのはっきりしたイケメンで、以前から同級生のA子さんと付きあっていました。ただ2人は周りの人にも言っていなかったので、学年の中でも交際を知っている人はわずかでした。

 6月頃に佐藤くんが欠席した日にA子が体調不良で早退したことがあり、生徒の間で『佐藤くんとA子が学校をサボってカラオケに行った』という噂が流れました。学年主任のK先生が2人を別々に呼び出して『カラオケに行ったのか?』と聞いたそうです。それを2人が否定すると今度は"ある写真"を出してきて、『この卑猥な写真はどういうことか?』と重ねて聞きました」

 K先生が提示した“ある写真”とは、口にマスキングテープが貼られた制服姿のA子さんの写真だった。

「その写真は生徒の間で出回っていたものでした。元は佐藤くんとA子がマスキングテープを2人で口に貼ってふざけて撮ったものだったのが、A子1人だけにトリミングされて、エッチなことをしているように連想させる写真になっていました。2人がその経緯を伝えると、先生が『わかった、学年集会でこの噂の件について話すけど2人の名前は出さないから』と答えたそうです」(同前)

 しかし、2人が呼び出されてから数日後の学年集会で“事件”は起きた。佐藤くんの母親は、怒りのこもった口調でこう語る。

「生徒の前に立ったK先生が『生徒が学校をサボってカラオケに行ったという噂があるが、あれは事実ではない。不確かな噂話は止めるように』と話した後に、『まぁ佐藤とA子の噂のことだよ』と、名前を出したんです。2人の交際を知らない生徒も多かったので、体育館はしばらくザワザワしていたようです。息子は信じていた教師に裏切られた気持ちと周囲からの好奇の視線に耐えられず教室に戻れなくなり、A子さんは泣きながら保健室へ行きました。そこから、2人に対して『ラブホテルへ行っていた』『校内の廊下で抱き合っていた』などの根も葉もない噂が広まりはじめました」

佐藤くんの全体重がかかり折れたカーテンレール

 2人への周囲の扱いは最初はからかい程度だったが、徐々にエスカレートしていった。中心になったのは佐藤くんと同じクラスのB子、C子、D子という3人の女子生徒だった。

「イジメは最終的にクラスの女子生徒の半分くらいが加担していましたが、中心はB子、C子、D子の3人。B子は3人の中心人物で教室でもボス的な立ち位置で、C子は体が大きくて気が強い。D子はC子と同じ中学の出身で、3人の中では大人しいけど口が悪いタイプ。3人はいつも一緒に行動していて、髪などは染めていませんが先生が相手でも気に入らなければ無視するような子たちです。他の生徒からも怖がられていて、あだなではなく“さん”付けで呼ばれることが多いです」(別の同級生)

「障害者だからやらせておけばいい」

 取材班は、保護者同席の元で佐藤くん本人にイジメを受けたときの詳細な状況を聞くことができた。佐藤くんは視線を下に向けたまま、小さな声で語り始めた。

「学年集会の後から、3人の女子生徒がA子さんに『佐藤と早く別れたほうがいいよ』と絡むようになりました。僕に対してもわざと聞こえるように『キモい』、『目障り』、『学校に来なきゃいいのに』と言うようになりました。僕が自分と友人の分の昼食を買いに売店へ行こうとすると、『私のも買ってこいよ』とジュースやパン、唐揚げを買ってくるよう要求され、断ると吐き捨てるように『ムカつく』『死ね』と言われる日々。文化祭の準備中に手伝わないB子さんに注意した時も、『障害者だから(佐藤に)やらせておけばいい』という差別的な発言も受けました」

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