――アシタカが東北の山里に隠れ住む蝦夷(えみし)一族の末裔であるという設定をふまえてそのお話を伺うと、サンへの呼びかけやエボシ御前を説得する叫びに、品を失わない凛としたところが出ていることにより納得できる気がします。宮崎監督がコントロールルームからブースに入ってきて指導や説明をする頻度は多かったのでしょうか?
松田 いや、入ってきて指示するのは最後の一手でしたね。基本的には録音演出の若林(和弘)さんとのやり取りになりますから。満を持して出てくるという感じ。自分が出ていくことで最後の一押しになるという計算をされていたと思います。
――メイキングで石田さんは、監督の指示と指導を受けるも、なかなか体現できずにしゃがみ込んでしまっているように見えるシーンもありました。後に初日舞台挨拶で「監督はとてもきめ細かく繊細な指示をいつもしてくださったんですが、それが多すぎてわけがわからなくなって……」と語るほど大変だったようですが、そんな時に松田さんが声をかけたりしたことは。
松田 誰に対してもしなかったです。その状況を自分に置き換えてみたら、ここでさらに他の人から何か言われたら余計にわからなくなるだろうなと思いますから。
「あの子を解き放て!」を「言ってほしい」と…
――アシタカのセリフで印象深かったものは、何かありますか。
松田 やっぱり「あの子を解き放て! あの子は人間だぞ!」ですね。ファンのみなさんから「言ってほしい」とよくリクエストを受けます(笑)。あとなぜか、「押し通る!」も人気ですね。『風の谷のナウシカ』のアスベルだと、チコの実を食べた後に言う「長靴いっぱい食べたいよ」がリクエストされます。不思議と印象に残るセリフなのかもしれません。
――トキ役の島本須美さんは『風の谷のナウシカ』でナウシカ役を演じていて、松田さんとは13年ぶりの共演となりました。久々の対面に、沸いたりしたものですか。
松田 いや、13年間ずっと会わなかったわけではなくて。それこそラジオドラマでご一緒したり、なんだかんだとお会いする機会はあったんですよ。たとえばお芝居を観に行くと、須美さんもいらっしゃっていたりとか。
あと『天空の城ラピュタ』(86)の時、いまでいうコラボ的な感じで「ラピュタ」という清涼飲料水が発売されたんですが、そのCMの声を僕と須美さんでやっているんですよ。
――ああ、覚えています! 「すごいぞ! ラピュタはほんとうにあったんだ」といったナレーションの。あれはおふたりがやられていたんですね。
松田 それを僕と須美さんでやったので、てっきりふたりでこのまま映画もやれるつもりでいたんです。だけど、なんにも声がかからず(笑)。
――『風の谷のナウシカ』から『もののけ姫』の間の他の宮崎監督作品、『となりのトトロ』(88)、『魔女の宅急便』(89)、『紅の豚』(92)でオファーというか声をかけられたことは?
松田 なかったですね。でも、『もののけ姫』では須美さんがいてくれたことが僕にとってはものすごく心強かった。声優としてのスキルやテクニックについて、他のみなさんもすっかり須美さん頼りになっていて。思い返せば須美さん、保育園の先生みたいになっていましたもの(笑)。タタラ場のシーンを大勢でレコーディングしていると、慣れているのは須美さんしかいない。牛飼いのひとりを演じた坂本あきら(※)さんなんて、須美さんからキューを出してもらっていましたからね。須美さんも「はい、坂本さん!」とかやっていました(笑)。
(※)俳優。劇団「東京ヴォードヴィルショー」の元メンバーで、映画、舞台、テレビと幅広く活動。