1997年の公開当時には日本映画の興行収入記録を塗り替え、見るものを圧倒し続けている『もののけ姫』。俳優の松田洋治さん(53)を主人公・アシタカ役に抜擢した理由について記者会見で質問が飛び出し、宮崎駿監督が報道陣を喝破した事件や熱気あふれるアフレコ風景の“秘話”、その13年前に出演した『風の谷のナウシカ』アスベル役でジブリ映画デビューを果たした経緯などについて、松田さんにあらためて伺った。(全3回の2回目/#3に続く)
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リテイクは「ダメだ、お前。今日は帰れ」
――メイキングDVD『「もののけ姫」はこうして生まれた。』では、宮崎駿監督によるキャストへの指導や指示が印象的です。松田さんも、アシタカが剣を交わしていたエボシ御前(田中裕子)とサン(石田ゆり子)を当身(あてみ)で気絶させるシーンの「誰か手を貸してくれ」、ヒイ様(森光子)への返事「はい」、タタラ場の女たちへの「そうか」で宮崎監督から熱のこもった説明を受けています。リテイクを繰り返すなかで、監督の指示はすんなり理解できるものですか?
松田 あそこまでいくと、わからないです。僕の「誰か手を貸してくれ」と、裕子さんの「一番。放て!」は、演者側としては「もう、わからん」状態。リリちゃん(石田ゆり子)も、「なぜわたしの邪魔をした?」「まだ言うか! 人間の指図は受けぬ」とアシタカに怒りをぶつける場面では大変でしたからね。
――「誰か手を貸してくれ」は、何テイクくらい録りましたか?
松田 途中でやめたと思いますよ。別日にしようって。
――喉も痛めてしまいますもんね。
松田 声が変わってしまうと、それ以前に録音したものともニュアンスが変わってしまいます。「今日はもうやめましょう」と。優しく丁寧に言ってくれていますけど、要は「ダメだ、お前。今日は帰れ」ということですからね(笑)。
ただ、そうやって帰らせてもらえるのも、いわゆるアフレコに慣れていない俳優を集めて作るというところも予算があるからこそできるんですよね。
「セリフが猫背だ」「セリフの背筋が伸びてない」
――「じゃあ明日にしよう」って、他の作品だとなかなか難しそうです。
松田 そもそも、僕だけでもレコーディングは10回以上やっていると思います。普通は数日ですべてを録ってしまうものです。しかも『もののけ姫』はアフレコに慣れてない俳優を起用しているので、通常より時間がかかってしまう。本番に行くまでが特に大変なんです。声を絵に合わせるということ自体、慣れるまでにものすごく時間がかかりますから。
特にタタラ場のシーンだと、タタラ場の民を演じるのは新劇の方々がメイン。みなさん、洋画の吹き替えやラジオドラマは結構やっていらっしゃるんですけど、アニメはやってない方がほとんどでした。なので、タタラ場の民が大勢いるシーンでは、自分の役がどの顔なのかわからなくなってしまう。
――そこからなんですね。
松田 画面から演じる役を見つけた頃には、自分のセリフが終わっているみたいな状態でした。アシタカやサンは顔が大きく映ることが多かったので、まだなんとか(笑)。それだけの予算が確保されているからこそ、監督のこだわりを実現することが可能であったと今になってみて思います。
――本編に採用された「誰か手を貸してくれ」は、何テイク目のものかわかりますか?
松田 いやー、さすがに無理です。わからないですね。でも、使われたテイクが一番しっくりくると納得はできるというか。
――アフレコ時に宮崎監督から、「セリフが猫背だ」「セリフの背筋が伸びてない」と言われたそうですが、現場でこうしたことをパッと言われて一瞬で意図を汲み取れるものなのですか?
松田 いや、まったく汲み取れないですね。でも、それが監督の狙いなんだと僕は思っていて。例えば「もっと凛として」とか「もっとちゃんとして」とはっきりした言い方をすると、そこで終わるじゃないですか。「はい、分かりました。凛とするんですね」って。そうではない言い方で、俳優が思考することを宮崎監督は望んでいるんだと思っていました。
あえて即答できない言い方をして、思考して結論を出してほしいんじゃないんですかね。「考えろ」と。答えにたどり着くまで、ちゃんと考えるという道程を経ろと。そこから表現が生まれてくる。