平田竹男氏が8月13日、東京オリンピック競技大会・東京パラリンピック競技大会推進本部事務局長や内閣官房参与、文部科学省参与を辞職したと発表された。辞職のきっかけとなった平田竹男氏による公私混同問題について報じた記事を再公開する(初出2021年8月7日、肩書き、年齢等は当時のまま)。
記事公開から平田氏が辞職するまでの経緯について、担当記者が8月14日(土)21時~の「文春オンラインTV」で詳しく解説する。
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「オリパラ事務局の大物が、利害関係者から“過剰な優遇”を受けている」
政界関係者から情報が寄せられたのは7月初旬。オリンピックの開会式が迫るなか、小山田圭吾氏や小林賢太郎氏らが相次いで辞任し、混迷を極める最中のことだった。(全2回の1回め/後編を読む)
内閣官房参与、平田竹男氏61歳
開催反対の声が鳴りやまぬなか、強行開催に踏み切った東京五輪。その開会式から3日後の7月26日午後3時40分、1人の男が六本木通りに現れた。半袖のワイシャツに灰色のスラックス。手には何も持たず、どこかへ向かって足早に歩いている。
この男の名は、平田竹男氏(61)。2013年に安倍晋三前首相に内閣官房参与に任命され、2020年には菅義偉首相に内閣官房参与(文化・スポーツ健康・資源戦略担当)に再任された“首相のブレーン”だ。
「平田氏は大学卒業後に通商産業省(当時)に入省し、在ブラジル日本大使館一等書記官や、通商政策局資金協力室等でキャリアを積んだ。幼い頃からサッカーをしていたこともあってか、サッカーのプロリーグ化検討委員会にも参加し、Jリーグの発足にも携わっている。2002年には日本サッカー協会専務理事に就任し、その後もスポーツ界の重要ポストを歴任しています。
2006年からは早稲田大学大学院スポーツ科学研究科教授として教鞭をとり、教え子は読売ジャイアンツ一軍投手コーチ補佐の桑田真澄や、大相撲の荒磯親方(元横綱・稀勢の里)、伊達公子ら錚々たる顔ぶれです」(全国紙政治部記者)
スポーツビジネスへの造詣の深さから、現在は「東京オリンピック競技大会・東京パラリンピック競技大会推進本部事務局長」を務めている。政府の五輪窓口で、通称「オリパラ事務局」の最高責任者だ。
安倍前首相が「オリパラ事務局」最高責任者へ
「2013年に東京五輪招致が決まった当日、安倍晋三前首相から前身の推進室室長就任の打診を受けたようです。その数カ月前には当時官房長官だった菅義偉首相から電話で赤坂のホテルに呼び出され、1対1で内閣官房参与就任の打診を受けた経緯があり、今でも菅首相から全幅の信頼を寄せられています。
菅首相とは経産省時代からの知り合いで、平田氏が教鞭をとる早大の社会人用の1年制大学院ができたのも、菅首相の力添えが大きかったと聞いています。五輪開催までの旗振り役を担ってきた、名実ともにオリンピック政府事務方のトップです。平田氏はコロナ禍で五輪延期が決まった際にも、『何が何でも俺が五輪を開催させる』と意気込んでいました」(同前)