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「牛はだいたい雨の夜に出産するらしいです。なぜなら…」知っているようで知らない“牛乳の生産と流通”に迫る

しゃしん絵本作家、写真家・キッチンミノルさんインタビュー

2021/08/20
note

“しゃしん絵本”とは何なのか?

――タイトルの『たいせつなぎゅうにゅう』に込めた意味というのは。

 牛乳は仔牛が生まれてすぐに飲む栄養満点の飲み物で、元気に育つためにとても大切なもの。そして酪農家が大切に育てた牛から牛乳をいただいて、さらにたくさんの人が関わったことによって、私たちが飲むことができるんです。多くの牛や人の想いが詰まっていて、みんながその想いを大切に繋げながら僕らのもとに届けてくれているんだよということを伝えたくて、『たいせつなぎゅうにゅう』と付けました。

――牛や牛乳を扱っているだけに、なんとなくのんびりと制作できたのかなと考えてしまいがちですが。

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 たんぽぽ牧場から最後に登場する幼稚園まで、生産、流通、消費すべてが別海町のなかで繋がっていることを、ごまかし無しで撮りたかったんですよ。だから、関わっている団体も場所も数多い。撮影協力していただくために、それぞれに「しゃしん絵本」がどういうものか、『たいせつなぎゅうにゅう』の企画意図がどういうものか、説明をしっかりしないといけなかった。そこがまず大変でしたね。

――参考になる『マグロリレー』があるとしても、「しゃしん絵本って、なんだね?」とは思う方もいるでしょうしね。

 そうなんです。あと、『たいせつなぎゅうにゅう』は夜明けの牧場から幼稚園に牛乳が届くまでの1日の流れを追いかけたスタイルになっているんです。なので、日をまたいで撮影した場合、「昨日と同じ服を着てもらえますか?」とお願いすると「なんで?」となってしまう。あと、人や物の向きも揃えないといけないから「昨日はあちらから歩いてきたので、今日も同じようにお願いします」みたいな。そこはストーリーとして破綻のない展開にしないといけなくて。

たんぽぽ牧場の皆さん ©キッチンミノル(白泉社)

――たんぽぽ牧場の方が頭に巻いているタオルの色などにも気をつけたわけですか。

 ピンクのタオルだったんですけど、途中で白に替わっていた時があって「すいません、ピンクで」とお願いしました。Tシャツの色が違うところもあるんですけど、それは僕の脳内で「汗をかいて途中で替えた」という設定になってます(笑)。

 あと、雨に降られて大変でした。去年の6月に撮影に向かったら、ずっと雨だったんですよ。晴れないと草刈りをしないので、そのシーンが撮れなくて。撮らないでボーッとしてるのもなんだし、せっかくだから酪農体験させてくださいと申し出て、手伝わせてもらいました。そうしたら、その後、牛たちの僕に対する態度が明らかに変わったんですよ。牛は好奇心が強いから、よそ者に近づいてくる。最初の頃は、牛が僕に寄ってきて大変でした。でも、乳搾りしてからはまったく寄ってこなくなった。肌で触れ合ったことで、「この牧場の人間だ」と認めてくれたのかなと。

――やっぱり、そっちのほうが撮影するには。

 いいですね。自然な画が撮れますから。ただ、「一頭くらいこっち向いてくれよ」と思う時もありましたけど。最初のシーンの明け方の牧場は、撮影のスケジュール的には最後の方で、牛たちも僕に慣れまくっているから、見向きもしてくれなくて。「おーい! ベベベベベッ!」って必死に呼んで、一頭だけこっちを向いてもらえました(笑)。

必死に呼んだら牛が一頭だけこちらを向いてくれた最初のシーン ©キッチンミノル(白泉社)

徹夜で撮影した“出産シーン”

――本書のクライマックスは、牛乳が出来る始まりでもある仔牛の出産の場面になると思います。こちらの撮影も大変だったのではないかと。

 牛って、出産予定日の前後各10日間に産むことが多いそうなんです。他の仕事もあるから20日間も牛に張り付けるかなと思いつつ、いつ生まれるかわからないし、生まれなかったら出来ない本なので。最終便で釧路空港に着いた時に、産気づいている牛がいると教えてもらって、慌てて牧場に向かいました。その日はとても激しい雨が降っていました。動物はだいたい雨の夜に産むらしいです。なぜなら、雨が降ると臭いが消える、音が消える、他の動物も動いていないので安全なんだとか。

 牧場の方に「今晩には生まれるから、撮ったらいいよ」って言われて、準備しようとしたら「じゃあ!」って僕一人残して帰っちゃったんですよ。「いやいやいや、ちょっと待ってくれ」って(笑)。「帰るんですか? なにかあったらどうするんですか?」って聞いたら、「なにかあったら、朝やるから」「引っ張ったりとかは?」「しないしない」「えー!」ってなって。で、僕は産気づいている牛をずーっと見ていることにして。苦しんで立ったり座ったり。破水したらすぐに産まれると言われていたから。

キッチンミノルさんが徹夜で撮影した、牛の出産の場面 ©キッチンミノル(白泉社)

――徹夜ですか。

 そうです。でも、産まなかったんですよ。そうしたら朝、牧場の方が来て「お前なにやってたんだ」「ずーっと見てました!」「ずーっと見られてたら牛も緊張するから、そりゃ生まないよ」「え、そうなんですか?!」って。実際、そこから二晩は産まなかったです。破水したら絶対に産むから、それまではすごい遠くで、気配を消して待ってあげるそうなんです。

 産まれた時はやっぱり感動しました。僕に見られていた緊張で遅らせちゃったのもあるので。ちゃんと産まれてよかったと思って。産んだ瞬間に牛の雰囲気がお母さんに変わって、仔牛を舐めてきれいにしてあげて。放牧されている他の牛たちも、母子のいる牛舎を覗きに集まってくるんですよ。それまで、牧草地でブラブラしていたのに仔牛が産まれるとピンとくるみたいで様子を見に来る。それもなんか凄くて。