“キッチンミノル”の由来は…
――せっかくなので、ご経歴についても伺わせてください。キッチンミノルさんのサイトに“大学入学と同時に、写真のおもしろさに出会った”とあったのですが。
写真部に入ったんです。そもそも僕は高校時代に落語家を目指していたけど挫折しちゃって、大学に行ってなにかを表現したいなと思って。映画か演劇に行こうかなと考えたけど、入部説明会で、先輩から飲みに行こうと言われたら飲みに行かないといけないって言われて、それは嫌だなって(笑)。そこからたどり着いたのが、一人でも出来る写真。落語と一緒で、写真も喜怒哀楽を一人で表現できる点もいいなと思いました。
――キッチンミノルという名前は“大学時代に襲名”とありますが。
大学が飯田橋で、そばにあったキッチンワタルという定食屋に通い詰めてたんです。それにちなんでキッチンミノルと名乗るようになりました。「襲名」は単なるカッコつけです。
――その頃に広告写真の大家である杵島隆氏に写真を褒められたそうですが、師事されたのですか?
友人のおじいちゃんだったんです。友人が祖父の事務所を整理するから手伝ってくれと頼まれて行ってみたら杵島先生の事務所だったという。それが縁で写真を褒めてもらって。
僕、一度だけサラリーマンやったんですけど、辞めて杵島先生に弟子入りをお願いしたら「写真学校を出てないヤツは弟子に取らないんだ。勝手にやれ」って(笑)。しょうがないから、ありとあらゆる雑誌の編集部に売り込んで今に至るって感じです。自分では意識してなかったんですけど、“キッチンミノル”という名前のおかげで料理の写真も頼まれるようになりました。
――『たいせつなぎゅうにゅう』で“しゃしん絵本作家”という地位を確立しましたが、次のテーマは決まっていますか。
次は食材ではなく、航空整備士さんをテーマにしたしゃしん絵本を出せたらいいなと思って動いています。飛行機が飛ぶのにも多くの人が関わっていて、普段は目にすることがないじゃないですか。そこをお見せできたらなと。