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――バラエティ番組が絶好調の中、1991年には「機動戦士ガンダムF91」の主題歌「ETERNAL WIND~ほほえみは光る風の中~」で歌手として紅白歌合戦にも初出場されました。

森口 デビュー曲が1985年の「機動戦士Zガンダム」で、その後初めてオリコンウィークリーのベスト10に入ったのが「機動戦士ガンダムF91」のテーマソングでした。私を音楽の世界に入れてくれたのも、紅白歌合戦に連れていってくれたのもガンダムだったんです。「森口博子って歌手だったんだ」という反響も大きくて、この時やっと歌手としてのスタートラインに立てたと実感しました。

森口博子さん ©文藝春秋 撮影・三宅史郎

――紅白で歌詞を間違えたのも伝説になっています。

森口 そうなんですよね……。あの~せっかくなんでちょっとだけ言い訳してもいいですか(笑)? 「ETERNAL WIND」って3コーラスあるんですが、紅白の時は2コーラス目をカットして1コーラスと3コーラスを歌うテレビサイズだったんです。ところが演奏は1コーラス目のサビは通常しっとりなんですが、この日は盛り上げる為に2コーラス目に入っているドラムを入れたんです。その音を聞くと、反射的に2コーラスの歌詞が出ちゃうんですよ。でもスタッフの方のお心遣いで、テレビ画面下の歌詞のテロップがすぐ消されて助かりました。

タモリに電話すると「あ、花村さん?」

――それも乗り越えて、紅白には6年連続で出場されました。歌にバラエティにとまさに絶好調でしたが、「さすがに忙しすぎる」という気持ちもあったんですか?

「厄年」を機に生活を見直した 事務所提供

森口 毎日こなすので精一杯でしたが、忙しさのツケが回ってきて、32歳の「厄年」は最悪でした。若い頃は気合だけで乗り切れていたんですが、その頃から胃腸が悪くなったりはっきり体調に出るようになってきて、仕事も生活も整えないと続かないと感じるようになりました。生き方を見直す神様からのメッセージだと。食事を気にしたり、毎日ストレッチしたり、母親からは「笑顔でいれば運気が上がる」というアドバイスももらいましたね。半信半疑でしたけど、生かされていることに感謝しながら実行すると、全てが好転して回復しました。そこから歌のお仕事や舞台のお仕事が増えていき、声量も増えました。

――森口さんが芸能界で、大事にしているアドバイスはあるんですか?

森口 やっぱり高宮中学校の先輩のタモリさんの存在が大きいですね。タモリさんはもちろん芸能界の大先輩なんですが、同時に私にとっては身近な親戚のおじさんのような、時にはいたずら少年のような振り幅がステキです! 電話すると「あ、花村さん?」ってわざと私の本名を呼んで笑わせてくれたり、真剣な相談にもすっと答えてくれるんです。「笑っていいとも!」の生放送CM中に番組を長年続ける秘訣を聞いたら、「反省しないこと、気にしないこと。もう終わったことは忘れて次」と教えてくれて、その言葉は心に残っています。

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