文春オンライン

2021/09/06

いくら探しても存在が確認できない少年

 時は1980年、筆者は黒人女性記者のジャネット・クックです。彼女による渾身の現場レポート「ジミーの世界」は、1980年9月28日、名門紙の1面を大々的に飾りました。ワシントンに8歳の少年ジミーが住んでいる。彼は母親の知り合いから手に入れたヘロインを打っていて、わずか8歳という幼さで麻薬常習者になってしまった。ディテールをふんだんに盛り込み、アメリカの暗部を告発したレポートは大反響を呼び、何としてもジミーを救出しなければならないと世論も盛り上がりました。

 この記事は、1981年、アメリカの記者ならば誰もが憧れる最高峰の賞、ピュリッツァー賞に輝きました。ところが、です。ジミーなる少年はいくら探しても存在が確認できません。さすがに疑問の声が高まるなか、疑惑追及のきっかけになったのは、クックの経歴詐称でした。AP通信が報じた彼女の経歴詐称疑惑を発端に、記事そのものがねつ造だったことが明らかになるのです。以下、ワシントン・ポストによる調査と、ノンフィクション作家・柳田邦男さんの『事実を見る眼』を参照しながら、ことの顛末を見ていきます。

疑うことはなく、「素晴らしい」と絶賛

 調査の結果、ジミーは架空の少年で、そんな男の子はどこにもいなかったことが明らかになります。ワシントン・ポストはピュリッツァー賞を返上し、クックは職を辞します。同紙は、記事の調査をしたオンブズマンのビル・グリーンによる徹底した報告書を公表するのですが、それがなかなか興味深い。グリーンは編集主幹を筆頭に47人に聞き取り調査をしていて、クックの採用過程から記事の掲載がどう決まったかなどを克明に記録しています。彼女は最初から疑惑を否定し続けますが、追及に対してすべてねつ造だったと認めるに至ります。