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ねつ造記事で“ピュリッツァー賞”を授賞!? 有力紙の一流記者も騙された“フェイクニュース”はどのようにつくられたのか

『ニュースの未来』より

2021/09/06
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 クックの直属の上司、ミルトン・コールマンは彼女の草稿を読んだとき、そのシーンの描写力に驚き、まったく疑うことがなかったのです。当時、ワシントン・ポストの編集局次長は、アメリカ・ジャーナリズムを代表する古典的名作『大統領の陰謀』を記したボブ・ウッドワードでした。彼もまたピュリッツァー賞を受賞したトップ記者であり、クックの原稿を発表前に読んでいます。ウッドワードほどの記者が、読んでも書かれた中身を疑うことはなく、彼女が書いた記事を読んで「素晴らしい」と絶賛する証言を残しています。

 事実を見極めることについて、社内にこれだけ力を持った記者がいながら、ねつ造がわかるまで相応の時間がかかっています。

プロだからこそディテールの罠にはまり込んだ

 僕が初めてこの事件を知ったとき、ねつ造であっても名誉ある賞を取るところまではいけるんだなと思ったものでした。社内の目をくぐり抜け、あろうことか最高峰の賞まで受賞する。たしかにクックの文章力はかなりのものがあります。シーンの描写も見事で、レポートの出来栄えは完璧に近い。彼女がもし作家になっていれば、きっと相当な実力者として名を馳せたでしょう。

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 ここから導くべき教訓は、ワシントン・ポストの記者たちがまったく無能なのではなく、プロであっても、豊かなディテールがある噓を見抜くのはとても難しいということなのです。逆説的ですが、プロだからこそディテールの罠にはまり込んだという見方もできます。「8歳の男の子が麻薬常習者になった」と言っても信じてくれる人は少ないかもしれない。しかし、どんな男の子でどこに住んでいて、どのようなルートで手に入れたヘロインを、どのように打つのかまで書かれたらリアルに存在するかもしれないと思ってしまう。それがニュース的な方法論の可能性であり、同時に怖さでもあるのです。

©iStock.com

細かい情報を的確に盛り込んだ「嘘の世界」

 ガルシア= マルケスの「4257頭の象(編集部注:「ある日、ふと空を見上げると象が空を飛んでいた」と「ある日、ふと空を見上げると4257頭の象が空を飛んでいた」という文章では後者にリアリティを感じやすい傾向。細部が描かれることによって、リアリティを感じてしまう性質があることを示す)」と同じ方法を駆使すれば、ねつ造記事もまたリアリティを増していく。この時代に、僕がアメリカで記者をやっていたとしても、ワシントン・ポストの記者と同じように最初は騙されてしまうだろうと思います。

 フェイクはディテール=細部に宿る――。

 歴史を振り返っても、プロをも騙す厄介な嘘つきは細かい情報を的確に盛り込んで「嘘の世界」を作り上げます。一般的に考えると、嘘をつく人は細かい情報を入れないと思うかもしれませんが、実際は逆です。