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新宿の巨大都営団地を舞台に人々の記憶が交錯していく『千の扉』──「作家と90分」柴崎友香(前篇)

話題の作家に瀧井朝世さんがみっちりインタビュー

2017/11/11

genre : エンタメ, 読書

note

今は逆に昔よりも家族の絆や子育てへのプレッシャーが強まっている

――単行本デビュー作『きょうのできごと』(00年刊/のち河出文庫)の頃は同世代同士の話が多かったけれど、最近は家族というものがクローズアップされている印象です。

きょうのできごと (河出文庫)

柴崎友香(著)

河出書房新社
2004年3月5日 発売

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柴崎 『パノララ』もそうでしたけれど、ちょっとイレギュラーな家族を書きたい。人の話を聞くと、結構みんないろいろですよね。外から見たらそう見えなくても、意外な事情があったりする。でも、さっき言ったCMのように、ステレオタイプの描かれ方が多くて、特に政府や自治体の配布物などではそういう家族しかいないことになってるのかなって思うことがあります。その「家族だから、母親だから、親子だからこうあるべき」というイメージに縛られている。いろんな関係があってもいいのに、それと違うということで悩んだり難しい状況にある人が結構多いんじゃないかと思っていて。だからあえていろんな関係性を書きたいですね。

――それは昔から抱いていた思いなのでしょうか、今の世の中を見て強まったものなのでしょうか。

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柴崎 昔から抱いていました。でも強まっていますね。私の家では母が美容院を経営していて、両親とも働いていたんですが、家事はほぼ父親がやっていたんですね。自分にとってはそれが普通だったから、自分が大人になるような年には、もっといろんなことがステレオタイプから自由になっていると思っていたんです。でも今は逆に、家族の絆とか、母親が子育ても全部やらなきゃいけないみたいなプレッシャーが強まっているなと思う。そこから外れている人は「自己責任」というような。昔の小説を読むと、親戚や近所の人が子供の面倒見てたとか、「伝統的な家族」に当てはまらないことはいくらでもあるんですけどね。

リクルートスーツも真っ黒、大学の入学式もみんな同じ縦フリルのシャツ

――印象的だったのが、バブルを知っている世代が「この先、日本は貧しくなっていくけど、つつましくなった今のほうが心を育てるチャンスなの」と言っているのを聞いて、千歳が言う言葉です。バブル当時中学生だった彼女でも高揚感はあったと言い「今、自分が若い人たちにそんな楽しみを作れてるかというと、まったくそうじゃないから、受け取ったものを返せてないのが申し訳ない、みたいなことを思うんですよ」と。

柴崎 30代の頃までは、自分が時代の影響を受けているという方向ばかりに考えていたんです。でも40歳とかになってくると、自分もある程度今の社会を作ってきた方になっている気がして。自分たちの若い時と今との違いも見えるようになってきました。自分は中学生とか高校生の時にはお金はなかったけれど、いろんな面白いことがあったという感じがしています。

 私の母親の美容院がある程度うまくいったのも、やっぱり時代の景気の影響はあったと思うし。その一方で、私の学校の先生が「もうこれで自分は一生持ち家は無理だと思う」と言っていたのも憶えています。いろんな面があるんですよね。でも、それもステレオタイプ的な一面ですが、バブルっていうとテレビでは絶対にジュリアナの映像が出てきますよね(笑)。でもジュリアナってバブルの末期だし、実際に行っていた人って日本に1億人以上いる中の一部じゃないですか。物事は一面からだけでは語れないし、複雑に絡み合い影響し合っている。なのに雑にくくられている感じがします。戦後の焼け跡から勤勉な人たちががんばって復興して高度成長期が訪れて経済が豊かになる一方で心は貧しくなって、バブル期にお金で人の心がおかしくなって……みたいなわかりやすい物語に、複雑な現実のほうを当てはめてしまっている。そのことに異議申し立てをしたいというところがありますね。

 それに人間ってどうしても、自分が育った環境や時代に当てはめて物事を考えちゃうんですよね。「自分の時はこんなに苦労して頑張った」と言うのも、その苦労は本当だと思うけれど、それは今の人が感じている苦労とは感じ方や質が違ったりするかもしれない。そこが嚙み合わないまま進んでいるなと思って。今、リクルートスーツがみんな真っ黒で、白いシャツばかりですよね。私の時ってグレーとかベージュとか紺とか、もうちょっと違う色も着ていて自由だったんですよね。

――そうでした、もっと自由でした。

柴崎 何年か前に大学の入学式を見かけたんですけれど、そこでもみんな就職活動みたいな格好をしていたんですよ。私の頃は大学の入学式というと何を着てもいいという、すごく自由なイメージがあったんですけれど。しかも私が遭遇した入学式は、女子がみんながみんな同じ縦フリルのシャツを着ていたんです。今、SNSとかあるから、入学前に情報が入るし、一人だけ浮いた格好はできないな、というプレッシャーがあるのかなとかあれこれ想像してしまって。それを見た時、本人たちはそれを息苦しそうと人から思われるのが嫌かもしれないけれど、やっぱり融通のきかない世の中にしてしまって申しわけないと思ったんですよね。「今の若者は~」などと揶揄する人もいますが、若い人のせいではなくて、それは大人の側、社会の側がそれを求めてきたからですよね。なんか、自分たちの世代が、というか、少なくとも自分にはなにかできることがあったんじゃないか、別の現在だってありえたんじゃないか。40歳というのは人生80年と考えればちょうど真ん中。私には子どもはいないですけれど、子どものいる友達なんかは、子どもを通して受験とか、2回目の経験をする年齢なので、いろいろと考えてしまいますね。

柴崎友香さん ©平松市聖/文藝春秋

柴崎友香(しばざき・ともか)

1973年、大阪府生まれ。99年「レッド、イエロー、オレンジ、オレンジ、ブルー」が文藝別冊に掲載されデビュー。2007年『その街の今は』で芸術選奨文部科学大臣新人賞、織田作之助賞大賞、咲くやこの花賞、10年『寝ても覚めても』で野間文芸新人賞、14年「春の庭」で芥川賞を受賞。

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※「作家と90分」柴崎友香(後篇)──当たり前の世界が歪む瞬間に興味がある──に続く bunshun.jp/articles/-/4838

新宿の巨大都営団地を舞台に人々の記憶が交錯していく『千の扉』──「作家と90分」柴崎友香(前篇)

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