団地の間取り図を通して、記憶や体験が遠いところで繋がっている感じがした
――新作『千の扉』(2017年中央公論新社刊)は巨大都営団地が舞台。そこに1970年から暮らしてきた義祖父が入院し、39歳の千歳は夫・一俊と一緒に留守宅を預かるためそこに引っ越す。具体的な地名や名前は出てきませんが、この都営住宅というのは東京・新宿区の戸山団地ですよね。芥川賞受賞作『春の庭』(14年文藝春秋刊/のち文春文庫)、『パノララ』(15年講談社刊)など、最近建物愛が作品に現れていますね(笑)。
柴崎 そうですね(笑)。建物はずっと前から興味があるんです。たとえば大規模な団地って、それが建てられた当時の社会を反映していますよね。当時の人間や社会の在り方も反映するし、住んでいる人はずっとその形式に影響されるし。人間の内面と密接に関係しているところが面白いんですよね。
私も15歳まで大阪の市営団地で育ちました。それで、1回書いてみたかったんです。私は高層棟に住んでいたんですが、この小説の主人公は5階建ての棟に住んでいて、間取りはほぼ友達の家と一緒です。戸山団地の中は見学できなかったんですが、住んでいた方に間取り図を描いてもらった時に、「あ、友達んちとほぼ一緒」と思ったんです。たぶん、同時期に作られたんでしょうね。私が住んでいた団地だけじゃなくて、きっと日本中に同じような間取りの、同じような建物があるんだろうなと思い、そこにすごく興味を持ちました。なんだか記憶や体験が遠いところで繋がっている、みたいな感じがしたんです。
――私も読んでいて「あ、小さい頃友達が住んでいた団地の部屋に似ているな」と思いました。
柴崎 住んだことのない人でも、たぶん1回くらい友達の家とかに遊びに行ったことがあるのかなと思いました。自分が子どもの頃は、これくらいの規模の団地があると、小学校の同級生がみんな団地の人、みたいなところもあったと思います。仲のいい子がみんな同じ間取りに住んでいたりして。
昭和の歴史を凝縮したような、東京の真ん中で高齢化が進んでいる
――戸山団地も前から興味があったわけですか。
柴崎 以前、公営住宅を書こうと思ったことがあって、その時に知りました。映像作品に出てくるこういう集合住宅って公団団地が多いので、公営住宅を書きたくなって。公営住宅は生活に余裕がない人を支える役割があるので、出ていくことを前提にしているところがあるし所得の制限があったりして、今だと母子家庭も多くなっていて、高齢化が進んでいるそうです。
フィクションの中では登場人物が住んでいる場所って、郊外のベッドタウンとか都心の高層マンションとか、あるいは下町とか田園地帯とか、そこに住んでいる人物像も含めてわりとステレオタイプなイメージが多いですが、自分が住んでいた公営住宅は繁華街に自転車で行けましたし、いろんな要素が入り混じっていたんです。東京でそれに近い場所はないかなと思って都心の公営住宅を探していたら、ここがあったんです。住所も新宿で、新宿の街にも近いし、でもすごく緑がいっぱいで。一見相反するような要素がたくさんある場所だなと思いました。
その前くらいにニュースで、このあたりは他にも西大久保団地など公営団地、都営アパートが結構あって、そこの高齢化が進んでいるという話をしていたんですよね。都会の限界集落だって。65歳以上が6割だったかな。今、もちろん日本の地方でも高齢化や過疎化が進んでいますが、東京は全国から若者が流入している場所なのに、その真ん中で高齢化が進んでいるというのも興味を持ちました。それで調べてみたら、戦時中や戦前は、陸軍の施設があったり、戦後すぐの頃にはたぶん東京で最初の大規模な木造の公営住宅が建てられていたりして。昭和の歴史を凝縮したような場所でもあったので、ここをモデルにしようと思いました。でもここだけが特別じゃなくて、間取りが共通であるように、日本中にそういう、共通の土地の歴史や建物の歴史があるんじゃないかなって。団地は建て替えが進んでいるところもありますが、ずっと変わらないところもあるし。