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いつも頑張りすぎる背番号23、オースティンが私と息子に教えてくれたこと

文春野球コラム ペナントレース2021

2021/09/26

「この中の何人、この試合勝とうと思ってプレーしてたか」

 新チームになって初めての公式戦、高2の長男が所属する野球部は小さなエラーからリズムを崩して初戦を落とした。「試合が終わってから監督に言われたんだよ。この中の何人この試合勝とうと思ってプレーしてたかって。みんな黙っちゃった、俺も黙っちゃった」。勝ちたくなかったの? と聞くと「勝ちたかった。勝ちたかったけど勝とうと思ってプレーしてたかって言われたら分からなくなった」。わかんねえ……ひとりごとのように呟いて息子は黙った。 

 その時私の脳裏をなぜかよぎったもの。2020年6月24日。結果的に3−2で勝った中日戦終了後、一瞬カメラに抜かれたオースティンの姿だった。山﨑・嶺井バッテリーに厳しい表情で何かを語りかけている。2アウト満塁のピンチを凌いだバッテリーにオースティンは何を伝えたのだろうか。音声のない映像では、オースティンがヤスアキに何か喝を入れているようにも見えた。私は今年チームに合流したばかりの“助っ人”外国人の、アグレッシブな行動に驚いた。オースティンはあの時何を言いたかったのだろう。

「オースティンはひたすらボールを追ってるんだ」

 2020年の春、沖縄県宜野湾。まだコロナもどこか他人事だった頃、ベイスターズのキャンプで私は初めてオースティンを見た。天使みたいなくるくるの髪の毛にキャップを乗っけて、オースティンは自転車に乗っていた。チリンチリンを爆裂に鳴らしながらサブグラウンドを走り抜けていった背番号23。陽気なアメリカ人というよりは、無邪気な子どものように見えた。こんな異国の地で躊躇なくチリンチリンさせるなんて、この人は只者ではないのかも……と、その時感じた。

 しかし外国人選手に過度な期待をしてはならぬ、それは古より言い伝えられしベイスターズの十戒。春先のオープン戦でホームランを打ちまくるオースティンを、私は薄目で見ていた。青田昇が背負い、黒木基康が背負い、長崎慶一が、マイヤーがレイノルズが、そしてロバートローズが背負った23番は、私の薄目をかっぴらかせるほどの活躍を続けた。オースティンがいてくれてよかった。混沌と混乱の2020年を、確かにオースティンは明るく照らしてくれた。でも。

 頑張りすぎるのだ。あまりにも通常の外国人選手基準に収まらない。走塁は常に積極的。別段足が速いわけではないのに、装甲車のように塁から塁にまっすぐ突っ込んでくる。映画『フォレスト・ガンプ』の主人公がひたすら走ってるシーン、あれだ。「人生はチョコレートの箱、開けてみるまで分からない」というのは『フォレスト・ガンプ』のキャッチコピーだが、オースティンの走塁が思ってもみなかった1・3塁を演出する。あのソフトバンク甲斐キャノンから盗塁する。「暴走」と「好走塁」の間を想定外という形で掻い潜っていく。オースティンは確かにチョコレートの箱だった。

 

©西澤千央

 2020年7月31日。甲子園でボーア選手の打球をフェンスに激突しながらキャッチする。しばらく起き上がらないオースティン。しかし彼はそのままプレーを続け、その後も打席に立ちタイムリーヒットも放った。確実に脳震盪を起こしていたはずなのに。契約のこととかよく分からんけど、そんなことまでする必要はないと考える選手もいるだろう。それも間違いではない。だけどオースティンは無我夢中で突っ込んでしまう。

「オースティンはひたすらボールを追ってるんだ」。野球部で同じ外野を守る息子は言った。「相当腹括ってないと、フェンスにスライディングなんかできないよ、怖いもん」。「痛い、怖いという気持ちより、試合に勝ちたいという思いが勝ってるんだと思う」と続けた。でもケガするかもしれないよ、ママはそれ正しいことか分からない。いい人づらする私に「うん。でもそういうプレーが変えるんだよね、何かを」。