人生の一瞬一瞬を味わおうとするオースティンの貪欲さ
2021年8月18日。東京ドームで行われた阪神戦で、オースティンは近本選手のライト方向の打球をフェンスにぶつかりながらキャッチする。その日の解説の新井貴浩はオースティンを「打つだけではない、守ること、走塁、全てにおいて一生懸命プレイする。プレイハード」と表現した。
去年読んだ一つの記事を思い返す。2020年5月2日に配信された、オースティンが17歳の時に、精巣がんにかかっていたという東スポウェブの記事。今の長男と同じくらいの年にかかった大病。幸い早期発見で命に別状はなかったものの、強烈な痛みを味わったというオースティン。その記事でオースティンはこんな言葉を残している。
「この経験で、人生の一瞬一瞬を味わい、楽しむことを学んだ。野球への感謝、周囲への感謝、あらゆることに影響を及ぼしてくれた」
この記事を読んだときは「大変な病気を克服されたんだな……」という感想だった。しかしそれからシーズン中のあらゆる場面において、頑張りすぎる走塁、ケガと紙一重の守備、追い込まれてもフルカウントまで持っていく打席での粘り……全ての場面でオースティンのその言葉が蘇ってきた。もう二度と同じ時は来ない、人生の一瞬一瞬を味わおうとするオースティンの貪欲さ。元気に野球ができることの喜びと感謝と、勝ちへの渇望。それは理屈ではなく、合理性でもなく、ただ一期一会の野球と対峙する、オースティンなりの生きることへのケジメなのかもしれない。
勝とうと思ってプレーすることがどんなことなのか、ママにはよく分からない。あなたはプロを目指してるわけでもなく、学校の部活動の範囲で楽しんで、できればもっと勉強してほしいと思うのが本音だ。だけどたぶん、野球も勉強も同じ。人生の一瞬一瞬を味わい、楽しむんだよ。コロナでめちゃくちゃにされた高校生活かもしれないけど、体育祭も文化祭も修学旅行もなくなっちゃったけど、だからこそ今生きてることを存分に楽しんで欲しい。野球ができることを楽しんでほしい。それはきっとどこかで「勝つためのプレー」と繋がっている。オースティンはそう、教えてくれている気がするから。
なーんて、本人に言うのは照れくさいし、きっと伝わらないだろう。私はベイスターズショップに向かった。昔石川雄洋のリストバンドを宝物のように大事にしていた息子に買った、オースティンのリストバンド。「フェンスには飛び込まんでいいからね」と言いながら渡した母に「うん、怖いから」と息子は笑った。
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