当時はテレビ放送権料やトップスポンサーとの契約交渉が組織委に委ねられていたが、ロサンゼルス大会が莫大な利益を生み出したために、その後はIOCが直接管理するようになった。ユベロス氏は五輪の集金システムをつくり上げたIOCの功労者だといえる。しかし、ユベロス氏の交渉手法自体が当時のオリンピック憲章に反しており、最初はIOC幹部の怒りを買ったという。
ユベロス氏の回顧録「MADE IN AMERICA(邦訳:明日を拓くわが起業家魂!)」に印象的なシーンがある。開幕直前に開会式の内容をめぐってIOCのモニク・ベルリュー事務局長に「あなたは5年間憲章に反し続けている。IOCのことを何も考えていない」と非難されたユベロス氏がキレて、アントニオ・サマランチ会長も同席したワシントンの高級ホテルで椅子をたたき壊してしまうのだ。「ここに2時間座ってくだらない要求すべてに『はい』と言った」と切り出し、各国要人の子息への入場パス発行などを要求する事務局長に反撃する。
ロサンゼルス五輪の劇的な変革は、単にビジネスのアイデアでもたらされたものではない。憲章違反やIOCとの戦いの成果なのである。
2028年ロス大会に注目
1984年当時と違い、今の組織委にはテレビ局やトップスポンサーとの交渉権はない。不平等な開催都市契約に縛られてもいる。それでも言いなりになる必要はない。東京2020はコロナ禍に翻弄された分、例外が入り込む余地があり、変化を生むチャンスだった。ただ東京は、椅子をたたき壊すほどの戦いを挑むことはなかった。
ワシントン・ポスト紙がIOCのトーマス・バッハ会長を「ぼったくり男爵」(Baron Von Ripper-off)と非難したように、かつてない反IOCの社会潮流がある。「貴族」「金権」「特権階級」などSNS上で標的になるキーワードがあり、開催都市にとっては反撃の土壌が整っている。スイッチを押す人物がいれば、五輪改革は起きるだろう。規格外の人物がアクションを起こした時に何が可能かは、TVリアリティーショーのキワモノから米国大統領に昇りつめたトランプ氏の足跡が示している。
2028年のロサンゼルス大会には特に改革の期待がかかる。組織委のケーシー・ワッサーマン会長は、代理人として大リーグのダルビッシュ有、前田健太、筒香嘉智らを抱えるワッサーマン・グループのトップ。昨年9月には、オリンピック憲章の一部改正を求める文書をIOCに提出するなど、改革に積極的な姿勢を見せている。
椅子は壊さないだろうが、敏腕代理人グループのボスは、何を武器として、どこを攻めるべきか分かっているはずだ。