あの連中は「悪魔」だったのか――。

 1年5カ月に及ぶ拘束を逃れようやく家族と再会したのに、毎晩のように悪夢にうなされていた。

「突き落とされた井戸の底で男たちに襲われ、目覚めると夢だと気付く毎日だった」

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 イラク北部に住むクルド系の少数派宗教ヤジド教徒のナスリーン・アハメッドは、過激派組織「イスラム国」(IS)に捕らわれ、性奴隷として扱われたトラウマに悩まされていた。

「1日も早く暗黒の日々を忘れたいと思う。だけど決してあの非道は許されない」

イラク第2の都市モスルで、過激派組織「イスラム国」(IS)の旗を掲げる戦闘員=2014年6月 ©ロイター共同通信

邪教と断じられ、女性たちは「選別」された

 ISが一方的に「イスラム国」の樹立を宣言して2カ月後だった。2014年8月、イラク北部のシリア国境に近い要衝シンジャール一帯を襲撃した。ナスリーンは当時18歳だった。故郷のシンジャール郊外のコジョ村に突然、黒い旗を掲げ武装した男たちの一団が押しかけてきた。地元を守るはずのクルド系治安部隊「ペシュメルガ」(死に立ち向かう人々の意味)は、まともに応戦しなかった。

©共同通信社

 01年9月の米中枢同時テロを契機に始まった米国主導の対テロ戦争は、アフガニスタンから03年にはイラクに飛び火した。イラク戦争後、イスラム教スンニ派を基盤とするフセイン政権が崩壊し、米国が後ろ盾となった新政権はシーア派が主流を占めた。両派の宗派対立は深まり、テロが頻発、現地は混迷を深めていた。混乱に乗じ国際テロ組織アルカイダの流れをくむスンニ派のISが生まれた。14年当時は、快進撃を続け、内戦が続くシリアにも勢力を拡大していた。

 ナスリーン一家9人は村からいったん離れ、再び村の様子を確認しに戻る途中で拘束された。IS側はヤジド教徒が多い村人にこう告げた。

「手荒なことはしない」

 淡い期待を抱いたが、すぐに見せかけと分かった。ISのリーダーを名乗る男が数日後、本性を明かした。

「お前たちは、イスラムに改宗しなければならない」

 孔雀天使をあがめる独自の信仰を持つヤジド教徒は、イスラム教徒から「悪魔崇拝」と異端視され、ISからは「邪教」と断じられていた。

 村人は小学校に集められ、1階は男性たち、2階は女性たちに「選別」された。そこから男性たちと、女性たちが別々の場所に移され、さらに別の村で、年寄りと若い女性や子供に振り分けられた。ナスリーン一家はバラバラになってしまった。