昭和34年(1959年)創刊の総合週刊誌「週刊文春」の紹介サイトです。最新号やバックナンバーから、いくつか記事を掲載していきます。各号の目次や定期購読のご案内も掲載しています。

タレント活動では「なぜ私はブッキングされたのか」

 タレント活動については、ここまで長く仕事をさせてもらえるとは思っていなかったという。

「違う畑で育っていくのはとても難しいです。芋をつくるのに合った畑ってあるんですよ。農家の娘なのでわかるんですけど。私は自分に合った土で育ってきたけど、芸能界は土が違う。そこで少なからず芽だけは出せたのはすごいことで、まだまだ育っていかなきゃいけない。

 プロレスの自己プロデュースや、私はこうでなきゃいけないというような我の強さはこっちでは通用しないんですが、なぜ私をブッキングしてくれたのか、なにを求められているのかは考えられます。ほかに誰がブッキングされているかを見れば、私は主婦タレントとして呼ばれているんだなってわかる。この話題ではこういう話をしてほしいんだろうと分析してから臨むようになりました」

 望まれて生まれてきたのではないと知ってから、北斗は自分の存在価値を周囲に証明することに熱意を持ち続けているように見える。

「プロレスラーの時代にはつらいこともあったんです。でも、どれだけかと言われると、正直思い出せない。いっぱいいっぱいの中でやっていたから。子育てにも似てると思いました。

 本当にすごい練習量でしたけど、50代半ばになると、あれをこなしていたからいまがあって、耐えられたから、もうなにがあっても大丈夫と思っちゃう自分もいる。時は癒しって言いますけど、傷を癒やしたり、思いが変わったり、時が経つってそういうことなんだと実感しています」

※全文は発売中の『週刊文春WOMAN vol.11(2021年 秋号)』にて掲載。男子を望んでいた農家に次女として生まれた北斗さんが、いかにプロレスに自分の生きる道を見出していったのか。「酒・たばこ・男」が三禁の女子プロレス界で、結婚・出産後も活躍するパイオニアになぜなれたのかーーその足跡を紹介します。

ほくとあきら/1967年埼玉県生まれ。85年、17歳で全日本女子プロレスに合格し、デビュー。歌手活動なども行うアイドルレスラー時代を経て、ヒールレスラーに転身。男子顔負けの本格的ファイトと天才的マイク・アピールで92年以降の女子プロレスブームの火付け役に。95年、プロレスラーの佐々木健介と結婚。日本初のママレスラーとして活躍後、2002年に引退。現在はタレントとして活躍する。

この記事の写真(3枚)

ツイッターをフォローして最新記事をいち早く読もう

週刊文春WOMANをフォロー
z