9月26日、連邦議会選挙(総選挙)に出馬せず政界からの引退を表明しているドイツのアンゲラ・メルケル首相(67)。科学者出身の女性宰相として、4期16年にわたりドイツを率いてきたメルケル氏の素顔に迫った決定的評伝『メルケル 世界一の宰相』から、アメリカのトランプ大統領との会談を成功に導いたエピソードを再構成して紹介する。(全2回の2回目。前編を読む)
インタビューからリアリティ番組まで見て“研究”
ドイツ初の女性首相として、プーチンや習近平など百戦錬磨の男性独裁者たちと国際政治の舞台で渡り合ってきたメルケル。そんな彼女の前に、またもや強烈にクセのある人物が登場した。アメリカ大統領に選ばれたドナルド・トランプである。
彼のような人物を民主主義的な考え方に改宗できると思うほど、メルケルは世間知らずではなかった。それゆえトランプとの初会談に備えるべく別途、対策を練ることにした。
メルケルは、1990年にプレイボーイ誌に掲載されたインタビューを読んだ。発言内容は今と変わらぬ罵詈雑言と“負け犬”への侮辱、そして自己賛美のオンパレードだった。「私は他人を信用せず、敵をたたきのめす(ことが好きだ)」とトランプは誇らしげに語っていた。
メルケルはトランプ研究を進めるため、『トランプ自伝―不動産王にビジネスを学ぶ』も手に取った。不動産王の素晴らしい交渉術を自慢する狙いで書かれた本にもかかわらず、実際の結果とは無関係に、ただひたすら勝ったと主張するだけの人物像が見てとれた。
さらにメルケルは、「お前はクビだ!」のセリフでお馴染の、トランプ出演の人気リアリティ番組『アプレンティス』を観るという苦行にも耐えた。これもすべて、トランプの癖──身振り手振りや不快なときの表情、そして愛想のよい態度から恐ろしい剣幕へと豹変する、計算され尽くした変わり身の早さ──をよく知っておくためだ。メルケルは、アメリカ政治界に精通しているインサイダーたちにもアドバイスを求めた。
これら事前の調査によって、どのように振る舞えばよいかが見えてきた。トランプを相手にするには、最大限の自己抑制を発揮しなければならない。というのも、トランプは世間からの評価を熱烈に欲しがっており、うっかり他人が注目を集めようものなら嫉妬心を燃やすことがわかったからだ。