メルケルの握手をトランプが無視
そしてホワイトハウスで迎えた会談当日。大統領執務室へメルケルを迎え入れたトランプ。だが早速、険悪なムードが漂いはじめる。メルケルが差し出した握手の手を、トランプは無視したように見えたのだ。
記者団とカメラが去ると、トランプはかつてリアリティ番組でよく使っていた戦術に切り換えた。すなわち、競演者たるメルケルの調子を狂わそうと試みたのである。
「アンゲラ、あなたは私に1兆ドルの借りがある」とトランプは怒気を含んだ低い声を出した。ドイツがNATOの負担金を十分に払っていないというのが彼の主張だった。
「そのような仕組みにはなっていません」。メルケルは冷静に切り返し、NATOはみなが会費を払うクラブとは違うと指摘した。しかも、米国もまたドイツに“借り”があるとも伝えた。この“借り”とは、ドイツ各地に広がる米軍基地のことであり、米国にとって中東とアフガニスタンの軍事作戦に欠かせない拠点となっていた。
だが、それ以上のことはあえて言わなかった。ドイツが極めて平和主義で反戦的であるなどと伝えるのは、トランプの理解力の幅を超える恐れがあったからだ。
トランプはまた、これほど多くの難民をドイツが受け入れるのは「正気の沙汰ではない」とメルケルを批判してきた。対してメルケルは、アメリカの影響を強く受けたドイツ憲法やジュネーブ条約に明記されている“難民の権利”に関するルールを紹介した。
猛獣使いの勝利
トランプはメルケルをさえぎるように急に話題を変え、最近の自分の支持率について話し出した。難民問題というテーマよりこちらのほうが楽しいからだ。
トランプは次から次へと乱暴に話題を変えるクセがある。メルケルは、トランプとの距離を慎重に見定め、微調整を重ねるようなやり方を貫いた。決してトランプに教え諭すことなく、洪水のように大量の事実を突きつけることも避け、物事について控え目に説明した。冷静さを保ち、時折あきれて目をクルリと回す以外は、いらつきを示すジェスチャーも控えた。
メルケルは大言壮語する男の扱いに慣れており、猛獣使いのように低く落ち着いた口調を維持した。トランプにとって大事なのは、かっこよく見せ、威張ることだった。メルケルは尋常ならざる自制心を発揮し、トランプという現実を受け入れて、その中で最善を尽くした。すると驚くことにトランプは、メルケルの話をちゃんと聞くようになったのだ。
初会談を終えたメルケルがベルリンへの帰途に就くタイミングで、トランプはツイッターでこうつぶやいた。「フェイクニュースがどんな報道をしていようとも、ドイツ首相アンゲラ・メルケルとの会談は大成功だった」