ここで警察を……だと良かったのだが、パニックに陥った夫婦は萌の遺体を裏庭へ遺棄し、やっとの思いで授かったお腹の子のために事件隠ぺいを決意する。最大の秘密を共有したことで始まった殺人共同生活は“ただ離婚してないだけ”状態だった夫婦の絆を取り戻し、より強くしていく……。
見逃し配信ではテレ東歴代2位を記録し(2021年7月15日時点)、リアルタイム視聴時には阿鼻叫喚ツイートが一斉に湧き出す事態。最終回直前になってもトレンド入りを果たすなど、未だその熱は冷めやらないようだ。本田優貴が描く原作コミックそのものの面白さは勿論だが、なぜ『ただリコ』は他の不倫ドラマと一線を画す存在になったのか。
ドロドロ系愛憎劇ではなく「ホラー」
大きな魅力の一つが、原作の世界観を見事に反映した画作りだ。ドラマ版では、このエキセントリックな物語を不倫ドラマにありがちなドロドロ系愛憎劇ではなく、「ホラー」として出力している。
幽霊こそ出てこないが(幻覚はある)、極限に追い込まれた人間の形相はまさにホラー。細かい毛穴まで見えそうな俳優たちの肌感も生々しく、映像のトーンもあえて落としているようにも感じた。映画『パラサイト 半地下の家族』(2019年)は、主人公たちが住む半地下部屋の匂いが画面越しにも伝わると評されていたが、『ただリコ』も血が染み込んだ床の匂いや、裏庭に埋めた萌の腐臭を画面から想像してしまう。
『ただリコ』の独特な雰囲気は、『劇場版 零 ゼロ』(2014年)や『バイロケーション』(2014年)など、ホラー映画に強い安里麻里監督の参加も大きいようだ。
代表作『アンダー・ユア・ベッド』(2019年)は、テアトル新宿のレイトショー単独上映だったのが全国へ上映が拡大。大学時代に声をかけてくれた女性を久しぶりに見かけた30歳の主人公(高良健吾)が、「もう一度名前を呼ばれたい」と願うあまり、彼女の日常に侵食していく狂気のラブストーリーだ。R18+作品で、バイオレンスなシーンやストレートな性描写も多く、躊躇いのない、アクセルを踏み切った作風は『ただリコ』にも通じている。
北山演じる夫・正隆のキャラ変
原作とは大きく異なったキャラクター造形もドラマ版の特徴だ。北山演じる正隆からは想像できないが、原作では関西弁を話す調子の良い男である。性欲にかまけて萌との不倫を楽しむ正隆に対し、雪映は冷ややかな態度を取っている。
一方でドラマ版の正隆は、大手製薬会社の跡継ぎ候補だったもののレールを外され、そのやり切れなさを萌とのセックスで消化し、雪映には高圧的だった。前半の雪映が典型的な“サレ妻”だからこそ、母になって腹を括り、驚異的な立ち上がりを見せる後半の姿が一層恐ろしく映る。他にも異なる点は多々あるが、正隆のキャラ変によって夫婦間の力関係が原作と逆転していたのが、ドラマ版のポイントだろう。