典型的な詐欺師、“その筋”の人、怪しい老紳士……。タクシーにはさまざまな人が乗り込んでくる。それだけに、ときに理不尽な体験に合うこともあり、嫌な客が降りた後、車内で「バカヤロー!」と大声で怒鳴ることは数知れない。

 そう語るのは、50歳で失業し、以降15年間にわたってタクシードライバーとして勤務した内田正治氏だ。ここでは、同氏がコロナ禍で苦境にあえぐ元同僚たちへ思いを馳せながら、当時の体験を書きまとめた『タクシードライバーぐるぐる日記』(三五館シンシャ)の一部を抜粋し、紹介する。(全2回の2回目/前編を読む)

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ソープランド:人生悟った如来さま

 この仕事は風俗業とのつながりも深い。私のテリトリーではやはり吉原関係者が多かった。

 吉原ソープ街のある台東区千束の最寄りの駅は鶯谷(*1)か浅草か三ノ輪で、そこからのアクセスはタクシーしか交通手段がない。

*1 都内にはもうひとつ「鶯谷」という町名がある。渋谷区の南西部にある「鴬谷町(うぐいすだにちょう)」がそれだ。「ウグイスダニ方面」とだけ言って、上野の鶯谷に行くと、場所が違うと因縁をつけて金品を要求するケースがあり、事務職員に注意を促された。

 私が入社する前のバブル期には、タクシーがお客を乗せて吉原に到者すると、クルマのまわりを数人の客引きが取り囲んだという。店が我先にとお客の奪い合いをするのだ。時には客引きがボンネットに這いつくばって、乗せてきたお客を奪い取ったという。

 しかし、こうした行為をお客が怖がったため、ソープランド業界も店頭での呼び込みのみに切り替え、安全・安心の街をアピールするようになった。だから、私のころにはこうした過激なお客の奪い合いはすっかり姿を消していた。

 吉原行きのお客は、行き先を告げる際、照れ臭そうに笑っていたり、その逆に憮然としていたりと、こんなところにもその人ならではのキャラクターがにじみ出たりする。

 たまにお客から「運転手さん、いい店知っている?」と聞かれることがあった。

 同僚の中には、店とつながっていて、乗せたお客を自然にその店に案内して、紹介した店からキックバックをもらっている人がいた。

 反対に吉原から最寄り駅までのお客を乗せることもよくあった。吉原から上機嫌で乗り込んできたお客だった。

「今、店を出ようとしたら、マネージャー(*2)から、『女の子、ちゃんとマット洗いしましたか? テクニックはどうでしたか?』だってよ。しっかりリサーチしているんだね」

*2 マネージャーと思われる男性が、運転者証を確認して、メモを取っていた。わけを聞くと、タクシードライバーの中に、店の女の子に対してセクハラ的な言葉を投げかけるものがいるのだと怒っていた。こうした一部のドライバーがタクシー業界全体のイメージを悪くしているのはたいへん残念な話である。

 私は思わず、「なんて答えたんですか」と開いてしまった。

「運転手さん、野暮なこと聞いちゃダメ。それが武士の情けだよ。ハハハ」

 武士の情け? それってこういうときに使う言葉なのだろうか。それにしても、ひと仕事終えてきた男性はあくまで上機嫌なのであった。