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 この日の夜、イチロー夫妻は、郊外のイタリアンレストランでア・リーグの指揮を執るジョー・マドン(当時レイズ監督)と偶然隣り合わせている。「これは俺からだ。明日は1球目から狙ってくれ」と、高級ワインをプレゼントされたア・リーグ1番打者。“指示通り”本番でプレーボール直後の1球目を思い切り引っ張ったが、打球は右ポール近くへの大ファウルだった。

僕らにとって一番良くないのは無関心

 このオールスターゲーム前には、クラブハウスを訪れたバラク・オバマ大統領から、「何でそんなに肩が強いんだ」とたずねられた。試合後会見での彼は、フィールドで味わう興奮とは別種の感情を抑えきれないでいた。「(君の)ビッグファンと言われた。本当かウソか分からないけど、知っていただいていることが僕には驚きだった。感動しました」。いつもの人を食ったような雰囲気は、この日に限ってなかった。

 大統領のサインボールも手に入れた。ロッカーの椅子に置いてあったボールが転がり落ち、偶然にもその足元へ。「それで、『サイン欲しいかい?』みたいな感じで大統領から聞いてくれた。『No』は言えませんよ」。ベースボールが、いかにアメリカで愛されているのか。大統領のふるまいと言葉から、感じることは多かったようだった。

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©文藝春秋

 自分が関わるストーリーにこだわり、自らのプレーを「作品」と称するイチローが、鼻につく人もいるだろう。しかし、長らく業界のトップにいるような人物は、多少なりとも同様の資質を兼ね備えているように思える。

 日本代表監督問題に関する発言、WBC連覇を決めた一打も含め、スーパースターは何をやっても話題の中心にいる。「嫌いは好きの裏返し。僕らにとって一番良くないのは無関心」。そんな彼の言葉を思い起こすことが多かった、9度目のオールスター取材だった。

メジャー通算2000安打の瞬間

 イチローはオールスター後も順調にヒットを積み重ねたが、8月23日インディアンス戦でアクシデントに見舞われた。最後の打席、ピッチャーゴロで一塁に駆け込んだ際、左ふくらはぎを痛めて交代。再び8試合の欠場を余儀なくされたが、イチローが凹むことはなかった。

 復帰後、最初の節目はメジャー通算2000安打だった。9月6日、敵地アスレチックス戦プレーボール後の2球目を、ライト線への二塁打とし大台に乗せた。強い日差しに目を細め、ゆっくりヘルメットを差し上げるイチロー。そこに両チーム選手と敵地ファンからの温かい拍手が降りそそぐ。

「オークランドという場所で観客の皆さんが祝福してくれた。ちょっと感慨深いものがあります」

 メジャー1年目の4月、“レーザー・ビーム”を初披露した球場で、その直前に頭にコインを投げつけられた。「そのことを思い出した。気持ち良かったですね」。1402試合での達成は、20世紀以降で2番目の速さだった。