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 その翌日、試合がないにもかかわらずイチローは次の遠征地エンゼル・スタジアムで黙々と体を動かしていた。誰もいない外野で入念なストレッチとランニング、室内ケージでのティー打撃。締めは約3分間の素振りだ。静かな室内練習場で、バットが空気を切り裂く音だけが聞こえていた。

「手を出すのは最後だよ」

 2000安打達成当日、イチローは「節目であることは間違いないですが、『たどり着いた』という感じでもないかな」と話した。1安打の重み、そのために費やす労力は何本目であろうと同じだ。メジャー2000本目にも歩みを止めず、公式戦中のルーティーンに徹した。余韻に浸ることはなく、故障部位の回復が予想以上に早かったことを喜んでいたのが彼らしかった。

 9年連続200安打は9月13日、敵地レンジャーズ戦ダブルヘッダー2試合目で決めた。2回2アウト三塁での2打席目、ショートへの内野安打で108年ぶりの記録更新。ゲーム後、その主役をグリフィーがシャワー室に担ぎ上げていく。そこで待っていたのはチームメイトからのビールかけだった。

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 8年連続200安打のキーラーはかつて、「人のいないところに打て」と言った。その100年以上も後、9年連続200安打のイチローが「手を出すのは最後だよ」と語る。節目の一打には、その言葉のエッセンスが凝縮されていた。

「手を出さない」は、始動のぎりぎり前までグリップを頭の後ろに保つという意味だった。記録達成を決めたショート内野安打は、2ストライクから速球派左腕デレク・ホランドの外角直球を左方向へ転がした。

「手を出さないためにどうするのかを考えるのが僕。どうやって手を出そうかと考えるのが普通(の選手)。真逆なんですよ。これは僕のバッティングを象徴している」

忘れられない1本

 9月18日、本拠地でのヤンキース戦では史上最強クローザー、マリアノ・リベラからライトへ逆転サヨナラ2ランを放った。

 9回2アウト二塁での初球、内角へのカットボール。打った瞬間にそれと分かる一撃は、メジャーで自身初となる2試合連続サヨナラヒットでもあった。前日は追いかける同僚たちを走って振り切ったが、この日は逃げ場がない。待ち構えた仲間がホームインで一斉に群がり、背番号51はすぐに見えなくなった。

「どのコースにきても簡単にはならない。そんなピッチャーなんて、そうそういませんよ」。リベラのカットボールは鋭く、重い。特に左打者に効果的なその難球を、ここぞ、という場面で打ち砕いた。「(この1本は)なかなか忘れないでしょう。だから、できるだけゆっくり(ベースを)回ろうと……。もったいないじゃん」。球史に輝く抑え投手と、9年連続200安打とシーズン最多安打記録更新を果たしたヒット王の対戦。担当記者としても、忘れられない1本になった。

 10月4日の公式戦最終戦の試合後は、自然発生的にマリナーズ選手全員が本拠地球場内を一周した。一団の中心には肩車されたグリフィーとイチロー。