「単純に気持ちのいいチームだった。野球場にきて野球に集中できる。『すごく良くなった』というよりは『正常になった』とするのが正しいのかも。価値観を共有できていることが嬉しかった。そんなことはもう無理だと思っていたから」
2人のスーパースターを取り巻く雰囲気が、2009年マリナーズを象徴していた。
実際にはアメリカに屈している
出場146試合にもかかわらず、225安打は2位デレク・ジーター(ヤンキース)に13本差をつけての両リーグ1位だった。リーグ首位打者争いではジョー・マウアー(ツインズ)に及ばずとも自己2位の3割5分2厘。ゴールドグラブ賞は9年連続、そしてシルバースラッガー賞、リーグ最多敬遠ともに3度目。西地区3位でプレーオフには進めなかったが、イチローとチームがともに翌年以降への手応えをつかんだシーズンに思えた。
約1年前、WBC監督問題について熱く語ったことを思い出させる言葉もあった。それは世界最高リーグで競い合うための気概にも聞こえた。
2009年10月21日、イチロー36度目の誕生日前夜。岩手・花巻東高の菊池雄星が、卒業後そのままメジャーを目指すかどうかが話題になっている。そんな振りに語気を強めた。
「WBCで勝ち、日本人がこちらでたくさんプレーするようになって、『もうメジャーに追いついた』とか、『アメリカに学ぶものはない』なんて空気がある一方で、外国人枠があったり、アマチュアの選手が日本の外に出ないようにする動きがある。それって、実際にはアメリカに屈しているんですよ」
なぜWBC連覇にイチローのような“劇薬”が欠かせなかったのか
高校ナンバーワン左腕を米球界にみすみす手渡すようなことになれば、プロ野球の空洞化につながりかねない……。当時報じられていた日本球界関係者の危惧と、イチローがWBC連覇後に感じていた日本国内の驕りにも似た空気。その相反する事象に疑問を投げかけた。
「いまメジャーでプレーしている日本人、プロ野球でトップだった人がほとんどでしょう? そんな彼らがここで1年を過ごした後、『充実していた』なんて言っている。これが『情けない』とか『悔しい』なら、日本もちょっとは近づいたかなって思うかもしれませんが、実際はそうじゃない。なんだそりゃ、と思いますよ」
誰よりもヒットを打っているから、首位打者タイトルや200安打は簡単になっていく。そんな安易な発想に反発したのと同じように、日本代表のWBC連続優勝に浮かれた空気に抵抗していた。ヒットを打つことに関して、シーズン単位という中期での最高点をたたき出し、長期では連続年間200安打記録を塗り替えた。守備、走塁を含めて日本人野球選手で誰よりも結果を残した彼が、世界と日本の差を悔しがっている。なぜイチローのような“劇薬”がWBC連覇に欠かせなかったのかが、分かった気がした。
【前編を読む】「野球の厳しさを教えないと」2009年のWBC日韓戦でイチローが“普通はやらない”プレーを行った理由