ゾーンは誰でも体験できる
室伏さん、桐生さんのような一流のアスリートと自分は違う。ごく平凡な学生、ありふれたサラリーマンと自覚すると、その差に立ちすくむ。自分に自信が持てず、「自分には何もない」と思ってしまっている人が、自信を持つにはどうしたらいいのだろうか。
「わずかでもいいので、自らの内に可能性を見つけることができれば、すべては変わってくると思います。ゾーンも自らの感覚に自信を持つことから始まる。頭で考えるのではなく、英語でも感覚を頼りにGut feeling (腹)に聞くという言葉があるように自らの中にある感覚を大切にしてみることだと思います。
人間は、ほんの僅かでも自身の内に存在する可能性を見出すことができれば、大きな喜びを感じられると思います。それを繰り返すことで、生きがいを感じ、意気揚々と生きることができるのではないでしょうか」
現代社会は、仕事や勉強に集中したいのに集中できない人が少なくない。
「現代人は頭だけが先行して考えることが多くなりすぎて、身体感覚を通して感じ取ったりすることが少なくなって来ているのではないでしょうか。『集中力をつけるにはどうするか』『ゾーンに入るにはどうするか』ということも頭だけで考え理解しようとする傾向があるのではないかと思います。もっと身体を動かしたり、人間の感覚を働かせたりしてバランスを整えれば、停滞したものに風穴ができ、自ずと集中力は高まるはずです。全身の筋肉と神経、感覚を通して働かせるトレーニングや呼吸法を実践すれば、『集中しよう』と頭で考えることなど忘れて、きっといつのまにか集中していると思います。
たとえば1つ、もっとも簡単にできるトレーニングを紹介しましょう。手のひらの感覚を動員して腕力や握力を鍛える「新聞紙を丸める」というエクササイズです。新聞紙1枚あれば、いつでもすぐにできます。新聞紙を1枚、体の前に片手で持ちます。これをそのまま片手だけで小さく丸めていく運動です。
最初はゆっくりでいいから、クシャクシャに丸めていって、最後には手の中に収まるまで小さくします。いわば、空中で新聞紙をたぐり寄せる動作です。徐々に手の中に収めていくために、何度も握り替えながら、新聞を落としたり手放したりしないで、手中に収めたまま、着実に握りつぶしていきます。これは、握力や腕の筋肉を鍛える効果もありますが、手の中で新聞紙の状態の変化を感知しながら行うことで神経や感覚も磨くことができます。
目で見て、手のひらで感じて、徐々に筋肉と感覚を同時に働かせながら仕上げていく。このプロセスが筋肉にも脳にもいいのです。しかも、毎回やるたびに違う動きになるので、変化に富んで刺激が鈍くなることはありません。単調な繰り返し運動とは違って、身体への負担もなく毎日、チャレンジングな取り組みができるのです」
室伏さんは、こうした「人間が本来持っている感覚」を呼び覚ますことで、人間の身体を整え、強くすることができると指摘する。