ここぞというときに結果を出せる人と出せない人がいる。それを分けるのが集中力の差だ。室伏広治さんが、アテネ五輪で日本人初となるハンマー投げ金メダル獲得という偉業を成し遂げたのは「世界のトップと戦うためには何が必要か」を追究し続けた結果だった。その答えを現役引退後、『ゾーンの入り方 超一流アスリートが教える結果を出すための集中法』として上梓した。「超集中状態」と言われるゾーンとは、いかにして入れるのか。

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 先日、桐生祥秀選手が日本人初となる100メートル9.98秒の記録を打ち立てた陰には、室伏さんの指導があったというのは有名な話だ。金メダリストがトップランナーに伝授した集中力、ゾーンの入り方とは、どんなものだったのだろう。

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「自分の力をすべて出し切ることを実践して初めて、集中力は身につきます。いままで気がつかなかったことに気づけるようになり、見えなかったことが見え、感じることができなかったことが感じられるようになる。そこに初めて「ゾーン」というものが現れると思います。そのために、私が常に大切にしてきたテーマは『自分が持っている潜在能力をいかに最大限に引き出すか』ということです。人間だれしも、まだ眠っている能力があって、それを目覚めさせれば、今まで以上の力を発揮できるはずです。それは桐生選手も私自身もそうだし、みなさんそうだと思います。その潜在能力の引き出し方は心身両面について言えると思います」

 ゾーンとは、あるときからスポーツの世界で言われるようになった言葉だが、室伏さんは、「アスリートだけにゾーンがあるのではない」と考えている。

©三宅史郎/文藝春秋

「ゾーンとは何かというのは、われわれスポーツ科学の分野でもまだはっきりとわかっていません。だからこそ、いま『ゾーンを探す旅に出てみよう』と考えたのです。私が考えるゾーンというのは、心理学から考えるテクニック的な観点からの方法論ではありません。自分の競技人生での経験や取り組みの中で会得した超集中状態やゾーンとはどういうものだったのか。それはどうすれば実現し、さらに再現できるのかということを追究したものです。

 ゾーンとは、みんなが本来持っている自分の内に秘める能力を引き出すことによって得られるものだと思います。アスリートであれば、よきコーチ。勉強であれば、よき先生。仕事であれば、よき上司や先輩は、本人がまだ気づいていない力を目覚めさせてくれるきっかけとなると思いますが、目覚めるには自ら立ち上がることが大切です。選手から指導する側となり、目覚めるためのヒントを少しでも提案していければと思っています。

 私の好きな荘子の言葉に『虚室生白』があります。何も入ってない空き部屋には、太陽の光が自然と入り明るくなるように、先入観を消し去り無の状態であれば様々な真意を受け入れられるようになることです。物事が何もかもうまくいかず『自分には何もない』と思っていたら、ふと視点を変えると『実は、あったじゃないか』と気づくという意味ですが、まさにそこからゾーンが生まれると言ってもいいでしょう」

集中力の極限状態「ゾーン」を知るには気づきをおろそかにせず、視点を変えてみることから。©三宅史郎/文藝春秋