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塩見泰隆、原樹理…ヤクルト・三輪広報が“シリーズ男”になると予言する2人の男

文春野球コラム ペナントレース2021

2021/11/12

 みなさん、こんにちは。東京ヤクルトスワローズ広報部の三輪正義です。チームはおかげさまで、6年ぶりのセントラルリーグ優勝を成し遂げました。最後は阪神とのデッドヒートでヒヤヒヤしましたが、なんとか逃げ切り栄冠を摑むことができました。

 僕も球団職員となって初めての優勝。2015年は選手で優勝を経験してはいますが、優勝すると裏方がこんなに忙しいなんて……選手のときや、サラリーマン1年目の昨年とは打って変わっての業務量に感謝しつつ、毎日「嬉しい悲鳴」をあげています。

お祝いの花で飾られた球団事務所にて ©三輪正義

 そしておかげさまで文春野球も4年連続でリーグ優勝。僕も微力ながら貢献することができました。これもひとえに記事を読んでくださって、HITを押して応燕してくださった皆さんのおかげです。改めて御礼申し上げます。

「10・26」リーグ優勝決定の瞬間、ベンチ裏では……

 さて胴上げがあった「10・26」。あの日は僕も大忙しでした。ちょっと振り返ってみます。

 その日、午前中に幼稚園生に向けた「投げ方教室」があり、僕は子供たちの前で授業をしたんです。幼稚園の先生たちが「優勝が決まる忙しいときにスイマセン」といった感じでやたらと気を遣ってくれて……。以前から決まっている大事な仕事ですから(こっちこそ、こんなことになっちゃって)と恐縮したんですが、幼稚園が祝福ムードに溢れていて、選手ではないのに、くすぐったいような不思議な、気持ちになりました。

 授業を終えるやスーツに着替え、急いで横浜スタジアムに向かいました。ちょうどビジター練習が始まるタイミング。ベンチ裏でカメラを回そうとしたんですが、優勝が掛かった大一番(ひょっとしたら選手はピリピリしているかもしれない、僕がカメラを回すことでそれに拍車をかけるのでは)と緊張感を纏わせながら控えめに「今日、三輪来てますよ」アピールをします。すると、それを目ざとく見つけた僕を先輩とも思わない、川端慎吾、宮本丈、荒木貴裕、嶋基宏、山崎晃大朗といった連中が次々とやってきました。自分を押し殺しながら厳かにカメラを回していましたが、彼らはいつもどおりのイジリをしてきます。

「絶対大丈夫」ステッカーを高津監督に見せつけて

 さらに、高津臣吾監督に挨拶をすると、「お前、何しに来たんじゃ~!」と荒っぽい出迎えをされたので、すかさず「絶対大丈夫」ステッカーを貼ったスマホを見せつけます。すると「オッケイ!」と監督はニッコリ。あの日のベンチは驚くほど普段と変わりませんでした。

 ゲーム中は選手ロッカー横の控室で戦況を見守りました。その間、優勝したときの共同記者会見の準備、東京に戻っての祝勝会の段取りなど、息つく暇もありません。そして……9回裏村上宗隆が最後の打者のファウルフライを摑んで「マジック1」となった瞬間、カメラを持ってベンチに突入しました。

 同時に行われている甲子園のタイガース戦の試合状況を選手は知っていたかどうかはわからなかったけど、どの選手も充実感に溢れています。カメラ越しに「みんな、いい表情してるなぁ」と思わずマスクの下で微笑んでしまいました。

「マジック1」がついに「0」に

 そして、ベイスターズさんのご厚意でタイガース戦がハマスタのバックスクリーンに映され、「マジック1」がついに「0」になる瞬間を見届けました。ベンチにカメラを向けていたんですが、フライングで飛び出す青木宣親さんを先頭に、脱兎のごとくベンチを飛び出す選手たち。

 その瞬間「本当に良かった」という感慨が湧いてきました。高津監督は現役時代は2軍監督として本当にいろんな話をしたり、お世話になった方。そんな高津さんが87年に及ぶプロ野球の歴史で50人もいない「優勝監督」として川上哲治さん、野村克也さんなどと名を連ねたことがとても誇らしかった。