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「アカン、このままじゃ終わってしまう」現役生活14年、広島カープ・小窪哲也は何と戦ってきたのか

文春野球コラム ペナントレース2021

2021/11/12

 初めまして。2005年~2011年までカープの球団トレーナーを務め現在は広島市内でトレーニングスタジオを主宰しております鈴川卓也と申します。今日は、カープ入団時からロッテで引退するまでの14年間、トレーナーとして関わらせてもらった小窪哲也選手について書かせていただこうと思います。

「スーさん、アカン。このままじゃ終わってしまう」

 テツ(僕は彼のことをそう呼んでいます)がカープに入団してきたのは、僕が球団トレーナーをやっていた2008年のこと。大学社会人ドラフト3位ということもあり、球団からは即戦力として期待されていました。実際1年目から結果を残していましたし、強化選手のような立ち位置でもあったので、コーチ陣からも「小窪の事はしっかり見てやってくれ」と言われていました。なのでホームゲームの時はもちろん、遠征先でも朝からウエイトをさせたりしていましたが、若いうちから向上心というか「絶対レギュラーを奪いたい」という貪欲な気持ちを持っていたので、嫌な顔ひとつせず真剣に取り組んでいました。

 その当時、まだ現役だった石井琢朗さん。琢朗さんは他のどの選手よりも早く球場入りして練習などをされていたのですが、そこにテツもいたんです。いわゆる一番弟子のような感じでしたが、琢朗さんもまた、カープの将来を背負う選手の一人としてテツの可能性を感じていたのかもしれません。

小窪哲也 ©文藝春秋

 それからしばらく経った2012年の夏。ちょうど琢朗さんが引退する年で、自分はもう球団トレーナーを辞めていたのですが、二軍にいたテツから「スーさん、アカン。このままじゃ終わってしまう。なんとかせなアカン」という電話がかかってきました。自分はチームの戦力になれていないという危機感を感じていたのでしょう。電話のあったその日のうちにスタジオの近くでいろんな話をしながらランニングをしました。それからです。シーズンオフはウチに来てトレーニングをするようになり、次第にオフだけじゃなくシーズンを通して来るようになり、より密接に関わるようになっていったのは。

 現役最後の5年間くらいはトレーニングのメニューは8割くらいは完成していました。テツの身体に必要な要素の詰まったオリジナルです。ただ、残り2割は日々の何気ない会話をしている中でその日にアレンジする事が多かったのですが、こういう関係性も長年付き合ってきたからこそなのかもしれません。バットを振りながら「やっぱり右のお尻が大事なんです」とか「内転筋がしっかり締まってないとダメですね」みたいに言ってくることがあって、そんな時は僕が「じゃあ今日はこういう種目をやってみよう」とか「脚の動かし方を変えてみようか」と提案をする。トレーナーとして野球の細かな事はわかりませんが、こうやってテツが打撃技術とコンディショニングを繋げてくれるのは非常にありがたい事でした。

 そんなテツですが、昨年、現役続行を希望する本人、指導者を打診する球団とで話し合った結果、自由契約という形でカープを去ることになりました。ちなみに僕のスタジオでは何年か前からトレーニング器具に決意表明を書くようにしていて、選手会長になった時は「(チームを)引っ張る」と書いたり「優勝する」と書いたり。そんな中に「ねばる!!」っていうのがあったんです。それがふと目にとまったので、写真を撮ってテツに送ったんですよ。色々悩んでいた時期だったので、もしかすると少しは背中を押した形になったのかもしれません(※1)。