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攻撃陣の粘り、投手陣の開き直り、そして…星野伸之さんが考えるオリックス優勝の理由

文春野球コラム ペナントレース2021

2021/11/13

 オリックスOBの星野伸之です。再びご指名をいただきありがとうございます。

 古巣オリックスが25年ぶりにパ・リーグを制覇しました。僕も選手、コーチとして関わった一人として、ここに至るまで長い長い道のりだったと感じます。球団関係者、監督、コーチ、選手、関わる全てのスタッフ、そしてオリックスファンの皆さん本当におめでとうございます。

 僕個人的には、阪神淡路大震災の復興を誓って「がんばろうKOBE」を合言葉に現中嶋監督と共に戦った1996年の歓喜と興奮が蘇りました。

 これまで多くの監督が挑みながら勝つことができなかった中で、共に戦った中嶋監督が優勝へ導いてくれたことは、さらに感慨深いです。

「サメ」本当におめでとう!!

日本シリーズ出場を決め、喜ぶオリックスナイン

12球団で最も投げづらいチームに変貌した

 僕が考える優勝の主な要因は、攻撃陣の粘り、投手陣の開き直り、そして中嶋監督のマネジメント能力の3つです。

 まず、昨年まで早打ちが目立っていた攻撃陣に、中嶋監督が伝え続けたのが

「とにかく粘って次に繋げ、絶対に最後まで諦めない」

 結果、言葉の通り投手からすると12球団で最も投げづらいチームに変貌したと思います。打てなくても、とにかく粘って繋げることで相手にプレッシャーを与え、ボクシングのジャブのように後半効いてきて、逆転勝利に結びついたのではないでしょうか。

 チーム最多32本のホームランを打った杉本選手も、2ストライクまでは強振しても、追い込まれてからは粘りのバッティングをしていました。本当に嫌な打者に成長しました。メジャーリーグで戦ったジョーンズさえセンターから右へのバッティングを意識し、2アウトからでも徹底してやっていました。中嶋監督の信念が、しっかりと選手全員へ浸透していたように感じます。

 盗塁に関しては、50個(リーグ5位)と少なかったように見えますが、盗塁死もリーグ最小でした。これは、打者が粘った結果フルカウントになることが多く、無理に走る必要がなかったのだと思います。盗塁は、良い流れを止めてしまう場合もありますから、勝利の要因のひとつだったのではないでしょうか。133本のホームラン(リーグ1位)を打ちながら、盗塁は50という結果だけを見ると横綱野球のようですが、内容は全く違っていました。