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2021/11/27

おとなしいオリックスには新鮮だった辻打撃コーチのスタイル

 声出しと、それが作るベンチの空気がどれほど重要か。最下位からの躍進で、今季パ・リーグ優勝したオリックスを見ていれば良く分かる。低迷が続いていた昨年までは、とにかくシーンとしていた。声が出ているなと思うと、ほぼ間違いなく伏見寅威捕手で、伏見が捕手の守備についている間は本当に、なんの活気も感じられなかった。勝っても負けても、淡々と時間が過ぎ去っていた。またコロナ禍での試合となった昨季は、それが目立ったのだ。

 そんな状況を変えるきっかけが昨年夏、中嶋聡監督と共に1軍に上がってきた辻竜太郎打撃コーチだ。声だけでなく、喜怒哀楽を前面に出すスタイルがおとなしいオリックスには新鮮だった。ベンチでの声出しはもちろん、選手が打てば、監督の前で大きくガッツポーズ。これが「辻ガッツ」と呼ばれ名物となった。得点シーンで、中嶋聡監督を抜こうとするテレビカメラに、指揮官より大きく映り込むのも日常茶飯事。生還した選手を誰よりも大きなリアクションで出迎えるのだ。現在進行中の日本シリーズでも、本塁打を打ち、生還したラオウこと杉本裕太郎外野手へ真っ先に抱きついていた。

 この元気は、たしかにチームを変えた。ベンチから出る声はひとつ、二つと増え、優勝へ向かって走り出した今季終盤には皆が喜怒哀楽を表し、声を出すようになった。それのどこがチームの強さと関係あるのかと言われるかもしれない。

「たかが声、されど声」。ベンチで適切な声を出そうとすれば、それだけ試合に入り込んでいなければならないからだ。試合に出ていなくとも流れを感じ、状況を考えるようになる。準備もより適切になる。そうなれば、勝利につながる可能性だって高められるのだ。

日本独特の文化「社会人野球」が備える泥臭さ

 ムードメーカーには共通点がある。稲田も辻コーチも、社会人野球出身なのだ。大人が一発勝負のトーナメントで戦い、一投一打に涙する都市対抗野球、さらにその出場権をかけた予選でのプレッシャーは「プロの試合よりもキツい」と何人もの社会人出身者に聞いたことがある。そこには、声で盛り上げる文化、声で相手を潰す文化があり、社会人というカテゴリを経ていない選手には不思議なものであるらしい。ある年、日本ハムの2軍とセガサミーが練習試合をした。これを見ていた木田優夫投手は、セガサミー出身の齊藤勝投手に「社会人の選手って、ベンチに座っちゃいけないの?」と不思議そうに聞いていた。社会人の選手は、そこまで前のめりだったのだ。

 今季借金を2にまで減らした日本ハム2軍にも、社会人野球のエキスは注入されていた。1年間チームを率いた原田豊監督もまた、社会人の協和発酵で監督まで務めた人物。声の大切さを選手に説いていたのではと想像する。実際に敗色濃厚な場面となっても「執念!」という声が飛んでいた。この中心となっていた今川優馬内野手もまた、社会人を経てプロ入りしている。

 だいぶ話が逸れてしまった。今年の日本ハムを見ていると、低迷期のオリックスのように喜怒哀楽の伝わらない、淡々とした負けが目についた。そこを変えるのが日本独特の文化「社会人野球」が備える泥臭さではないのか。稲田には現役時代の自身が持っていたギラギラした視線やいやらしさを、存分にチームへ注入してほしい。もちろん本来の持ち場である内野守備の向上にも期待している。ファウルフライを追ってカメラマン席へ飛び込み、ボールを離さなかったガッツもきっと受け継がれることだろう。

 そういえば日本ハムには来季、社会人上がりの内野手が2人やって来る。ドラフト3位指名した水野達稀(JR四国)と同9位の上川畑大悟(NTT東日本)だ。社会人内野手の指名は、それこそ稲田直人以来18年ぶり。彼らはどんな選手になるのだろう。もちろんレギュラー奪取を期待したいけれど、ひょっとしたら稲田のような別の“生き残る術”を持っているのかもしれない。社会人でプロ入りを待ち続けた男たちは、しぶといのだ。

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