幸せになってほしい。引退の報せを聞いて、こんな風に思った選手は初めてだった。これからはあの笑顔にぴったりな日々を送ってほしい。もうつらい思いはしないでほしい。好きな野球が出来て今までだって幸せだったって言うんだろうけど、もっともっと幸せになってほしい。笑顔の向こう側の苦労を私たちは思う、谷口雄也選手がプロ野球生活にピリオドを打った。

今季限りで現役を引退した谷口雄也

北海道のファイターズファンに光をくれた言葉

 11年間のファイターズでの選手生活。思い返すとまず思い浮かぶのはあの笑顔と優しい声だけれど、それをかき消すように怪我や不振に悩む姿が頭をよぎる。

 7年目の開幕前には右膝の前十字靭帯再建手術を受けた。後で本人に膝の痛みの話を聞いた。シーズン中から膝が少しずつ声をあげているのはわかっていたけど、立ち止まることは出来なかった。結局、2月のキャンプでそれは悲鳴に変わり、歩くこともままならなくなり、手術はもう必然だったという。

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 前年の2016年の彼はキャリアハイの83試合に出場しチームも日本一まで駆け抜けたから、戦列から離れたくないという思いは痛みに耐えるのに充分な理由だったのだろう。2017年をほぼリハビリで終えた谷口選手は、次の年は手術前の野球感覚を取り戻すことに苦労し、ほとんどをファームで過ごしていた。

 あの年は9月6日未明に北海道胆振東部地震が起きた。1軍の選手は道内にいて被災し、北海道は揺れの直後から大停電が続いていた。そんな中、千葉の鎌ヶ谷では通常通りのスケジュールでデーゲームが行われた。試合に出場した谷口選手は決勝打を放ち、ヒーローインタビューのマイクで、北海道への思いをぽつりぽつりと口にした。

「北海道で地震があって、僕たち北海道の野球チームが遠い離れたところでやっていていいのかなと正直、僕、朝は思ったんですが、今も余震があったり……ライフラインがなかなか戻っていないという状況で、僕たちファイターズの人間が出来ることっていうのは逆に野球をさせてもらっている環境、離れている鎌ヶ谷からファイターズの選手頑張ってるんだぞっていう、どうにか北海道を元気付けたいなという思いもあった試合だったと思います」

 この言葉を私は当日の夜に地震による特別番組をラジオで放送する中、関東のリスナーさんからのメールで知った。まだまだ停電が続いている地域がほとんどの時間帯だった。そこで伝えたこの言葉は北海道のファイターズファンに光をくれた。私たちの日常はそこなんだと、不安な気持ちにぬくもりをくれた。谷口選手の笑顔を思いながら、私たちはその言葉を大切に受け取った。

 個人としてはこの年は6試合しか出場がなく、ヒットもなかった。焦りもあるつらいシーズンだっただろうけど、私たちにはこんなエピソードをくれたそんな2018年だった。