1996年に日本で初めて病識(自分が病気であるという認識)のない患者を説得して医療につなげる「精神障害者移送サービス」を始めた、(株)トキワ精神保健事務所の押川剛さん。原作を手がけ、「今までにないノンフィクションマンガ」として大きな反響を呼んだ『「子供を殺してください」という親たち』より、一部を紹介する。

押川剛 現場ノート

 原作者の押川剛です! 

 

 昭和43年生まれ、福岡県北九州市出身、大好物は「信頼」です。私の仕事「精神障害者移送サービス」においては、「信頼」が何より大切です。クライアントである患者さんや家族を信頼し、人間として向き合えるか? なぜならこの仕事は、理論や理屈など通用しないからです。私が携わる患者さんや家族は、命がけの日々を過ごしています。だから私も、頭と身体と命を張って関わる。常にリスクと隣り合わせです。こう言うと特殊な世界の話だと思われがちですが、どのケースも根底には、親子や夫婦、きょうだいなど家族の問題が深く関わっています。

 

 先日、今回のモデルとなった「慎介」の面会に行ってきました。「慎介」は今ではだいぶ落ち着き院内では優等生と呼ばれていますが、「この間、拳銃で100人撃ち殺しちゃいました」と言うなど妄想は固定化し、猫を撲殺したことは笑いながらサラッと話します。「慎介」と私の間には信頼関係があるからこそ、「慎介」もありのままの自分で話ができますが、横で話を聞いていた看護師さんは絶句していました。社会復帰へのハードルは未だ高い状況です。

 

 私自身の話をさせてもらうと、「金なし・コネなし・学歴なし」。おまけに「組織に属さず・国家資格は持たず・補助金や助成金も受けず」のオールガチンコ、フル民間でこの仕事をしています。「危険な現場に自ら首を突っ込む変わったオッサン」と言われることもありますが、なぜかと問われれば、人間への興味が尽きないからです。単純な善行や悪行であれば、その理由を語ってくれる人は幾らでも見つかります。しかし精神疾患が絡むと、本人でさえ「なぜそんな状況に陥ったのか」説明できないことも多くあります。そもそも真摯に耳を傾ける人もいません。だからこそ私は、現場の最前線で彼らの話を聞き、見て、感じて、理解したいと思うのです。

 

 漫画はフィクションの世界ですが、この連載では、限りなくドキュメンタリー性を追求していきます。読者の方々が、もしかしたら身近で起きているかもしれない家族の問題について考えるきっかけになれば嬉しく思います。会社名と私の名前を実名で出すことには予測不可能なリスクも伴いますが、覚悟の上で、これまでの経験を惜しみなく出すつもりです。これもまた、漫画家の鈴木マサカズ先生、担当編集者岩坂朋昭氏との「信頼」関係の証です。