10年以上ひきこもりで家族ともコミュニケーションが取れない、命の危険を感じるほどの暴力で親を支配し続けるなど、病識(自分が病気である認識)のない患者を説得して医療につなげる「精神障害者移送サービス」を行っている、(株)トキワ精神保健事務所の押川剛さん。中高年のひきこもりの子どもを高齢の親が抱える「8050問題」は、枠から外れることを好まない日本社会の弊害だと指摘します。現在の精神疾患患者対応の課題についても教えていただきました。(全2回の2回目。前編を読む)
専門家ですら関わりを拒む「対応困難な患者」という存在
――元農林水産省事務次官が障害のある長男を殺害した事件や、相模原市の障害者施設「やまゆり園」で起きた無差別殺傷事件など、マンガ『「子供を殺してください」という親たち』に出てくるケースを彷彿とさせる事件は後を絶ちません。高齢の親が中高年のひきこもりの子どもを支える「8050問題」もメディアでよく話題になりますが、どこに問題があると思われますか?
押川剛さん(以下、押川) 治療を受ける意思のある患者や、症状の軽い患者を診る病院はごまんとあっても、難治性の患者や、コミュニケーションをとることの難しい対応困難な患者に関わってくれる専門家はほとんどいない、という現実があります。
日本における精神疾患患者数は今や400万人を超え、30人に1人が通院や入院をしています。精神疾患がとても身近な病気になった一方で、自分が病気だという認識のない精神疾患患者や、病状の悪化により命の危機にさらされている患者が増えています。こうした患者は、以前にもまして家庭に閉じ込められ、社会的に「いないもの」とされているのです。専門家も、そこまで追い込まれた当事者や家族がいることは知っていますが、さわれば自分がやらなければならなくなるので、誰も何も言いません。
さらに今では「地域共生」という名の下、地域住民が当事者を見守るという方向にシフトチェンジされています。厚生労働省は患者家族や地域住民を対象に、うつ病などの精神疾患や心の不調に悩む人を支える「心のサポーター」を2033年度末までに100万人養成すると発表しました。つまり、地域住民にソーシャルワーカー・カウンセラーになれと言っているのです。しかしこれには課題があります。