1996年に日本で初めて病識(自分が病気であるという認識)のない患者を説得して医療につなげる「精神障害者移送サービス」を始めた、(株)トキワ精神保健事務所の押川剛さん。原作を手がけるマンガ『「子供を殺してください」という親たち』は、「今までにないノンフィクションマンガ」として、コミックシリーズ累計100万部超えという、大きな反響を呼んでいる。長引く「ひきこもり問題」に正面から向き合ってきた押川さんに、現場の声を聞いた。(全2回の1回目。後編を読む)
他の移送会社と異なるのは「事前の徹底した準備」
――『「子供を殺してください」という親たち』は、押川さんが創始したトキワ精神保健事務所での実体験を描いたマンガとお聞きしました。押川さんが行っている「説得移送」とはどういうものなのでしょうか?
押川剛さん(以下、押川) 自分が病気であるという認識のない重篤な精神障害者を説得して医療機関につなげる業務です。
相談に来る家族の多くは、患者の未受診や受療中断、入退院の繰り返しに悩んでいます。10~20年もひきこもり生活を送っていたり、自傷他害行為や第三者への迷惑行為があったりと、家族の生活も脅かされています。
私の会社が他の民間の移送会社と異なるのは、事前の徹底した準備にあります。具体的には、まず家族からこれまでの経緯をヒアリングします。最初から正直に話してくれるとは限りませんので、親だけでなく、きょうだいや親族にも話を聞きます。学生時代の担任教師に、どんな子供だったか聞きに行くこともありますね。経緯を時系列にして、徹底して事実を把握するよう心がけています。
その後、本人の様子を視察調査します。精神疾患が原因と思われる言動は動画や音声で記録し、資料として保健所や医療機関に提出します。これを元に入院治療の必要性を判断してもらい、受け入れ先の精神科病院を探します。
病院が決まると、入院日と「何時までに」というリミットを提示されるので、当日の一発勝負で本人を説得します。私への依頼は、家族間で既に刃傷沙汰になっているケースが多いので、「今日は断られたので、また明日」というわけにはいかないのです。説得のコミュニケーションは相手に合わせて変えますが、事前のヒアリングや視察調査があるからこそ、「あなたは病気なんだ、治療を受けなければだめだ」とはっきり伝えることができます。
もちろん、入院後は定期的に面会にも行き、退院後のサポートも行っています。症状や環境により異なりますが、これが一連の流れです。