今年は武田信玄生誕500年、そして甲斐に「甲府」が開府されて502年だという。

 11月12日公開の映画『信虎』は、その信玄の父で、甲府の礎を築いた国主・武田信虎を描いた作品。演じるのは寺田農さんだ。

「信虎は、信玄と家臣から領国を追放された人物です。史料によっては『悪逆無道』と書かれ暴君のイメージが強く、ドラマなどでもあまり良い描かれ方をされてきませんでした。でも今作の武田家考証で参加された平山優先生の著書を読むと、甲斐を統一し甲府を造ったことからも分かるように、大変な政治家だったんです。信玄は名将とされていますが、そこには父の地盤を継げる恵まれた環境にいたという事実があったんです」

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 信虎の功績は地元でもあまり知られてこなかったが、3年前にはJR甲府駅前に銅像が建つなど、顕彰の動きが進んでいる。

「僕は宮下玄覇プロデューサーや金子修介監督に訊いたの。『何で俺が信虎なの?』って。そうしたら『寺田さんは、まだ何かやりそうな危険な匂いがする』って(笑)。これはね、誉め言葉ですよ。生涯不良、若い頃からそう思って生きていましたから。彼の肖像画が残されているんですが、キャラクターがよく出ていると思いましたね。眼がとても力強くて、野心的でギラついたものが伝わってくる。そういうところは好きだし、自分でも似ているなぁと思いました」

寺田農さん ©ミヤオビピクチャーズ

 乱世を描きながら、ある点では異質な作品となっている。

「戦国武将の隆盛や華々しい散り際を描く作品は数多あるけど、この作品が面白いのは老いに目を向けているところ。国を追われた信虎は、駿河の今川氏や京の足利将軍家に身を寄せながら30年以上過ごしてきました。物語は『信玄倒れる』の報せを受け武田領へと帰参するところから始まります。信虎はすでに80歳。つまり最晩年の姿です」

 信虎は、老いの坂を行きながらも決して甲斐への思いは失わない。

「老いからは誰も逃れられない。ただ、肉体は衰えても精神が枯れないことが大事なんです。信虎は『無人斎道有』とも名乗っています。人なくして道あり。息子や家臣から否定され悲しみや孤独を味わったと思いますが、信玄亡き国の政は自分が執る、と気力をみなぎらせます。その権力への妄執はすさまじいですよ」

 信虎は1574年、81歳で亡くなる。その8年後、武田家は信玄の子で信虎の孫の、勝頼の代で滅びることになる。信虎は死の淵にありながら、最期まで武田の永続を願い続けるのだ。

「信虎の、ある種の凄みを感じるのは、武田を絶やすまいと家名を残すための強い思いを持ち続けていることです。でもそれは武田家と甲府の礎を築いた男だからこそだと思うんですよね。そこにあるのは誇りなんです。老いても誇りは失わない。その大切さに気づかせてくれる作品です」

 上杉謙信役には榎木孝明、武田信玄役には永島敏行、織田信長役には渡辺裕之と、豪華な顔ぶれも見どころだ。

てらだみのり/1942年、東京都生まれ。61年、文学座附属演劇研究所第一期生として入所。65年、『恐山の女』で映画デビュー。68年、岡本喜八監督『肉弾』で毎日映画コンクール男優主演賞受賞。以後、岡本監督、実相寺昭雄監督、相米慎二監督作品の常連俳優となる。声優、ナレーターとしても活躍中。

INFORMATION

映画『信虎』
11月12日公開
https://nobutora.ayapro.ne.jp/