ライムスターの宇多丸さんと映画評論家の真魚八重子さんによる「オススメの実録犯罪映画」対談。第3弾はヤンキー文化圏の「深みのない犯罪」の恐怖と、「正しくない人」に寄り添える映画という存在について。「実録犯罪映画」からの学びを考える最終章です。(全3回の3回目。 #1#2も公開中です)

◆◆◆

リアル脱獄囚が出演する脱獄映画

宇多丸 陰惨な作品が続いたので、ちょっと人の死なない系の実録犯罪映画にも触れておきましょうか。僕がオススメしたいのは、ジャック・ベッケル監督の『穴』(1960年)です。パリ14区のサンテ刑務所で1947年に起こった脱獄事件を描いているのですが、実話であるのみならず、実際にその事件に関わった脱獄囚が出演しているというレアな作品です。

ADVERTISEMENT

真魚 脱獄囚のロラン役で出演しているジャン・ケロディですね。

宇多丸 さらには、原作者であるジョゼ・ジョヴァンニも脱獄囚仲間。

真魚 ケロディが最初に出てきて、「こんにちは。友人のJ・ベッケルが私の体験を忠実に映画化しました。1947年 サンテ刑務所で起きた出来事です」と観客に話しかけるところから始まる。

宇多丸 まさに『グッドフェローズ』(1990年)スタイル。この作品は、映画としての質がひじょうに高く、数ある脱獄もののなかでもトップクラスの1本です。後年、ドン・シーゲル監督による『アルカトラズからの脱出』(1979年)という、やはり実録脱獄映画の傑作がありましたが、囚人たちの技術の高さは、20年近く前に作られた『穴』の方が上です。

 

真魚 『アルカトラズ~』では、毛布の下に首人形を置いて寝ているフリをしたわけですが、『穴』では、さらに可動式の脚を作って、あたかも眠っている人がムニャムニャ動いているように見せるという、高度なテクニックを披露しています。しかも、脚の関節にあたる部分に布を1枚かませて、人間っぽい丸みを持たせるという芸の細かさ!

宇多丸 きめ細かな仕事をするんですよね、フランス男たちが(笑)。あと作りものといえば、細いブラシに鏡の破片を取り付けて作った潜望鏡! あの小道具の生み出す緊張感は本当に凄い。映画って、「見ている」側の登場人物が、ある瞬間、逆に「見られていた」と気づく瞬間があり、そこで物語が大きくひっくり返る。本作でも、この潜望鏡がその映画的な驚きを演出していて、ギョッとさせられます。