『東京23区×格差と階級』(橋本健二 著)中公新書ラクレ

「大学入学時に上京してはじめて住んだのは江東区の深川でした。いわゆる下町で、情緒のあるところだと聞いていたのですが、じっさいは狭いアパートや工場・倉庫ばかりだった。一方で、裕福な家庭で育った同級生は、家賃のぜんぜん違う渋谷区や世田谷区などに住んでいる。当時から、東京は格差の大きな都市だという認識を持っていました」

 そう語るのは、社会学者で早稲田大学人間科学学術院教授の橋本健二さん。このたび、『東京23区×格差と階級』を上梓した。

「格差社会と呼ばれてひさしいですが、格差拡大が始まったのは高度経済成長期後の1980年ごろ。それが長期化した結果、今日では階級社会としての性格を強めています。階級とは、職業や就業上の地位、そして生活の仕方や程度によって区分される人々の集群のことです。東京には、豊かな、あるいは文化資本に恵まれた階級が多く住む地域と、その逆の地域とがあります。階級による空間的な隔たりが生じた、巨大な階級都市になっています」

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 23区を格差と階級という観点で読みといた本書。国勢調査をはじめとする、諸統計をもとにした多数の図表も掲載されており、視覚的にもそうした実態を把握できる。東京では、格差と階級が地形と結びついていることがみえてくる。

「平均世帯年収推定値の高い地域と低い地域の境界は、標高20メートルの等高線とかなりの部分で一致しています。23区を所得水準から考えると、都心部は周辺部より、また西側は東側より、所得水準が高いことが確認できる。武蔵野台地の都心に近い一帯の山の手と、ここから坂を下りた下町との対比は、江戸時代からありました。かつてより範囲は広がっていますが、区分はいぜんとして明確です」

橋本健二さん

 山の手と下町は、地形による区分であるのと同時に、武士と町人、新中間階級と労働者階級といった、身分や階級による棲みわけでもあった。ときには政治的な対立にも発展したという。

「典型的なのは、70年代に杉並区と江東区のあいだで勃発したゴミ戦争。東京で出るゴミの大部分を受けいれてきた江東区は、各区における清掃工場の建設と自主処理を訴えました。それに杉並区の住民が反発。江東区の住民間では、杉並区のゴミの搬入を阻止する実力行動まで起こりました。近年でも、潜在的な対立関係というものはあります。福島第一原発事故後の計画停電の際には、一時、23区で足立区と荒川区だけが対象に。区長が記者会見を開いて抗議しました」

 本書はさらに、現23区を地域ごとに10グループに分けて、地理的特徴やそこに住む人々の属性を詳しく描く。興味深いのは、都心近くにも実質的な貧困地帯が存在することだ。

「例えば、渋谷区の北端などは再開発からとり残されたといえる地帯です。最初はデータの分析から発見したのですが、いざ歩いてみるとほんとうに細い路地に木造の家屋が密集している。分析で全体図を把握し、気になるところは徹底的に歩く。マクロな構造とミクロな現実のギャップをいかに埋めるかということは、つねに意識していました」

 執筆の動機にあったのは「身の周りにも格差や階級があると知ってもらいたい」という思いだった。

「ひとつの地域で生活が完結している場合、格差や階級といった問題には気づきにくい。そのため、所得再配分などの議論にも意識の違いが出てきます。どこか抽象的な話なのではなく、身近な問題であるということを考えてみてほしいです」

はしもとけんじ/1959年、石川県生まれ。早稲田大学人間科学学術院教授(社会学)。東京大学教育学部卒業、同大学大学院博士課程修了。著書に『中流崩壊』、『〈格差〉と〈階級〉の戦後史』、『新・日本の階級社会』など。

東京23区×格差と階級 (中公新書ラクレ 741)

橋本 健二

中央公論新社

2021年9月8日 発売