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 一般客の搭乗が終わり、「まもなく出発します」というアナウンスが流れたおよそ5分後、小室夫妻は搭乗ゲートへと姿を見せた。眞子さんは紺のトップスにゆったりとした黒のズボンを合わせ、圭さんは緑のニットにコーデュロイのパンツというラフな服装で、それぞれがキャリーケースを1つずつ引いていた。小室さんはまっすぐ前を見つめていたが、眞子さんは報道陣や対応した空港職員に何度か会釈。2人を乗せた飛行機は、定刻からおよそ20分後に羽田空港を離陸した。

会釈をする小室眞子さん Ⓒ文藝春秋 撮影・吉田暁史

 羽田空港には2人をひと目見ようと多くの人が詰めかけた。特に約200人が集まった保安検査場前では、2人の結婚や渡米に賛否が渦巻いていた。

 千葉県から来たという60代の女性は、「アメリカに渡ったらお2人には二度と戻って来てほしくない」と憤る。

「今日は最後のお見送りです。小室さんはデタラメですね。婚約者の方に感謝の心もない。文章では感謝していると言っても、心から感謝の言葉を伝えてはいないように思います。眞子さんも、やはり皇族で生まれた以上は、両陛下をお守りしていく気持ちで生きていかなければいけない。それをしないで公よりも私を優先してしまったんだから、今後一切皇室には関わらないでほしいです。幸せになってもらいたいとは思いますが、自分たちの力だけで家庭を築けばいいんじゃないでしょうか」

「絶対大丈夫」というパネルで見送った人も Ⓒ文藝春秋 撮影・細田忠

「警備の方に注意されてこのサイズに」

 一方、朝6時半から待っていたという50代の男性は、東京ヤクルトスワローズのユニフォームを着用し、「絶対大丈夫」というメッセージを書いた紙を掲げていた。

「ヤクルトの高津監督がこれを合言葉に、最下位から優勝して日本一を目指しているじゃないですか。小室圭さんと眞子さまにも絶対に大丈夫という気持ちでいてもらいたいと思って、この言葉を届けに来ました。本当はもっと大きなメッセージボードを作ったんですけど、警備の方に注意されてこのサイズになりました」

 しかし、大勢が見守る保安検査場に2人が姿を見せることはなかった。

 “厳戒態勢”を敷いてひっそりと出発した2人は今後、ニューヨークでどのような新生活を送るのだろうか。

「降嫁したとしても、元皇族の立場であればセキュリティ対策は欠かせません。お2人のニューヨークでの新居はマンハッタン島の高級住宅街でもあるアッパーウエストサイドエリアにあり、家賃は約80万円ほどになると見られています。

眞子さんも将来的には現地の美術館に就職すると言われており、共働き生活になる可能性が高いでしょう。ニューヨークは物価も高いですが、小室圭さんがニューヨーク州の弁護士資格を取得できれば年収は2000万円近くになりますから、眞子さんの収入と合わせて生活は十分に可能だと考えているのでしょう」(前出・皇室ジャーナリスト)

前を歩く小室圭さん Ⓒ文藝春秋 撮影・吉田暁史

 しかし、この計画は早くも崩れ去ってしまった。宮内庁担当記者が振り返る。

「10月26日の結婚会見からわずか3日後、小室圭さんが今年7月に受験したニューヨーク州司法試験の合格者一覧に彼の名前が載っていないと騒ぎになりました。同州司法試験委員会のホームページによると、受験者は9227人で合格者は5791人。ところが、実際の合格者リストはそれよりも6人少なく、小室圭さんの合否について日本のマスコミから問い合わせが殺到したのです」