実際のところ、メルケルの携帯電話からどのような内容が盗聴されたのだろうか。メルケルの通話記録を読んだアメリカの外交官はこう語る。「その盗聴から得られたものは何もなかった。メルケルは非常に賢く、問題となるようなことは何ひとつ電話では話さなかった。会話の内容といえば、『夕食はどこで?』とか『明日の予定は?』といったことだけだった」。けれども「盗聴は、オバマから真に信頼されていない証拠のような気がして、メルケルは不愉快だったのでしょう」。
今後私たちは同胞の話を録音しない
同年の6月後半の時点で、ドイツを公式訪問していたオバマ。おそらくドイツの機嫌を取るためもあっただろう。しかし、ドイツ公共放送連盟は、国民の60%以上がアメリカを信頼できないと考えていると報道。首相官邸を訪れたオバマを、メルケルはバルコニーに案内し、通勤列車を指差しながら、オバマも重々承知しているはずのことを説明した。「ドイツ人がこれほど憤っているのは、多くの国民が監視国家で暮らしていたからです」。ふたりは腹を割って話した。
それからの数日間、ふたりが公の場所に登場するたびに、「友達をスパイすること」について質問をされた。だが最終的には、二国間の崩れた信頼関係が話題にのぼることはなくなった。国際社会を見渡せば、ほかにも危機に瀕していて、解決せねばならないことが山ほどあったからだ。
オバマは盗聴に関しては公には責任は取らなかったが、今後「私たちは同胞の話を録音しない」と明言した。メルケルは根に持つタイプではなく、また、国家の問題を個人的な感情に結びつけるタイプでもなかった。プライベートな携帯電話の盗聴にオバマが同意したという事実を、メルケルは水に流した。そうせねばならなかったからだ。そして、携帯電話を買い換えた。