オバマからの賞賛
一方のオバマがメルケルに賞賛の念を抱くようになったのは、何年も経ってからのことだ。オバマの側近によると、「アンゲラ・メルケルはまさにオバマが手本とするタイプの指導者だった。現実的だが、信念のためなら賭けに出る」。もうひとりの側近であり、のちにバイデン政権の国務長官になる人物は、オバマがこう語ったのを記憶しているという。「何か知りたければ、たいていのことはアンゲラ・メルケルに尋ねる」。
メルケルとオバマの関係が良好だったのは、オバマが真のフェミニストであることによるところも大きい。女性に任せれば、世界の問題の半分は解決するというのが、オバマの口癖だった。プーチン(ロシア大統領)、エルドアン(トルコ大統領)、ネタニヤフ(イスラエル首相)、のちのトランプと、トラブルの元凶は男だからだ。
だが、そんなふたりの信頼関係が完全に崩れるような出来事が起きる。
オバマ政権による携帯電話への盗聴が発覚
2013年6月23日、ロシアの大統領プーチンが「今年はクリスマスが早く来た!」とうれしそうに言った。アメリカの内部告発者である元CIA職員エドワード・スノーデンが、ロシアへ飛行機でやってきたからだ。無数の機密文書を“手土産”として携えて。長年、オバマやメルケルから人権侵害を痛烈に批判されていたプーチンだったが、スノーデンに関しては、政治的亡命者として保護すると積極的に申し出た。
スノーデンはアメリカ政府がその名のもとに行なっていることを「世間に知ってもらいたい」とし、数々の機密文書をアメリカのワシントン・ポスト紙とイギリスのガーディアン紙で公表。そこで明らかになったのが、オバマ政権がドイツ国内の電話を盗聴し、メールを盗み見ていたという事実である。さらに10月には、メルケルのプライベートな携帯電話が盗聴されていたことも判明した。
メルケルは、激怒した。東独出身で、監視国家の被害者として育ってきたからだ。メルケルは、当時の勤務先の同僚や親しい友人から、秘密裏に監視されながら20代を過ごしてきたのだ。
メルケルは、すぐさまオバマに電話をかけ、怒りをぶちまけた。あまりにも腹が立って、ドイツ語で激しく非難した。「今はもう冷戦時代じゃない。友達が友達をスパイするなどあり得ない」と。
さすがのオバマも、メルケルをなだめる言葉が見つからず、ふたりの信頼は完全に崩れた。両国の関係もすっかり冷え込んだ。