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イラン人から買った覚醒剤「ガリガリになった」

「17歳の頃には、RUSH(ビデオヘッドクリーナー)を使うようになったんです。シンナーみたいな感じで、吸うと意識が飛ぶような感じで気持ちよくなるんです。本当にハマりました。効果は一瞬で1分ももたないので、セックス中に何度も何度も吸うんです。1本4000円くらいするので、めちゃくちゃ金がかかるんですよ。

 ほかには薬物関係だと、当時大宮駅には覚醒剤を売るイラン人が多くいて、『痩せるよ』と言われて手を出した。確かに食欲がなくなってガリガリになった。ほんと、クソみたいな生活をしていましたよ」

 高校卒業後は、ビラを配っていたキャバクラでキャバ嬢として働いた。昼夜逆転生活になり、眠るために今度は睡眠薬に手を出した。そしてすぐに、必要以上の量を摂取するオーバードーズが始まる。精神安定剤などさまざまな薬に手が伸び、当時付き合っていた妻子ある男性の勧めで覚醒剤も常用するようになっていった。

「イラン人から買ったときと違って、男性に教えてもらった『正しい吸い方』をしていたので、効き目は段違いでした。

ソープランドで働いていた頃

闇カジノで凄まじいギャンブル依存

 勧められるがままに本当に色んな薬物に手を出しましたが、なかでも気に入ったのは“毒キノコ(マジックマッシュルームの俗称)”です。当時『シュレック』というアニメ映画が流行っていましたよね。毒キノコを食べて見ると、お姫様のビロードのマントがとても綺麗でずーっと見ていられるんです。なぜか、エアコンの吹出口が上下しているのとかもじっと見ていました。それで気づいたら3時間経っていたとか」

 キャバクラの客に連れて行かれ、大宮や西川口の雑居ビルの一室にあった闇カジノなどにも出入りした。幼少期には「ギャンブルに依存していく素地ができていた」と語るように、のめりこみ方は凄まじかったようだ。

24、25歳の頃には六本木のキャバクラに勤めていた

「ある一日は、朝起きて10時からパチンコ屋さんに行って、18時とかにいったん帰宅してキャバクラに出勤します。深夜1、2時に終わると、そこから闇カジノで朝7、8時とかまで遊ぶんです。そうすると翌日は眠いから昼過ぎまで寝て、キャバクラ勤務。そして、また闇カジノみたいな生活でした。

 何も考えずにやりたいことだけやって。でも誰も止めてくれる人はいなかったし、自分でもこれが悪いとも思っていませんでした」

 違法薬物に闇カジノ、自堕落な生活……。湯浅さんは年を追うごとに、加速度的に転落していく――。

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