昭和34年(1959年)創刊の総合週刊誌「週刊文春」の紹介サイトです。最新号やバックナンバーから、いくつか記事を掲載していきます。各号の目次や定期購読のご案内も掲載しています。

genre : ライフ, 社会

夫との出会い「2年で3000万円貢がせた」

「もう身体を売るしかない、と吉原のソープランドで働きました。普通の仕事なんてできるはずもないから、仕方ない。豊胸と入れ墨が足を引っ張ったけど、お客さんが1回で6万~8万円ほど払う高級店に採用されました。ですがケーキをワンホール一度に食べるような過食やオーバードーズは止められず。薬のせいもあって、ソープでも人を裏切ってばかりでした。もうわけが分からなくなっていたころ、いまの旦那と結婚することになり、1年もしないくらいでソープは辞めました」

 湯浅さんが夫と出会ったのはこの数年前、まだ銀座のキャバクラに勤務していたころのことだ。夫はある士業で働く「ごく普通の人」。金銭的な余裕があったため、湯浅さんに“貢いで”いた。湯浅さんが違法薬物で酩酊しても、なぜか離れていくことはなかった。

吉原のソープランドに勤めていた湯浅さん

「当時、すごい金を使わせていたんです。2年で高級車とか合わせて3000万円は使わせたんじゃないかな。これだけやっていると結婚詐欺とか言われそうで、自分から『結婚しないか』と言いました。それで結婚することになったのですが、いま振り返ると、旦那がなんであんな状態の私と結婚しようと思ったのか、謎ですけど(笑)」

退屈な結婚生活で“万引き依存”を発症

 転落し続けていた人生が、夫との結婚によって好転するかに思えたが、湯浅さんの転落は加速していった。

「結婚生活がめちゃくちゃつまらないんです。本当だったらどうしようもないクズの私を引き上げてくれる素晴らしい夫だと感謝すべきですが、当時の私はなんでこんなつまらない人生を送らなきゃいけないんだろうって腐っていました。仕事をしなくてもお金もあるし、恵まれているはずなのに。それでまた薬に手を出しました。ドクターショッピングと言って、薬をもらうために医者をはしごするんです。結婚してからが一番薬に依存したんじゃないですかね。日々の暮らしに刺激がなかったから」

現在も残っている入れ墨

 実は湯浅さんは、ここまで刑務所に入る憂き目には合わずにやってきた。しかし33歳にして、高校生以来の万引きに手を染める。当時の湯浅さんにとって万引きのスリルは刺激的で、ほどなくして万引きを繰り返してしまう精神疾患、いわゆる「クレプトマニア」に陥ってしまった。そしてついに、執行猶予もお構いなしに万引きを繰り返したことで、懲役2年半の実刑判決が下るのだ。

この記事の写真(9枚)

+全表示

ツイッターをフォローして最新記事をいち早く読もう

文春オンラインをフォロー
z