歴代最長の首相在任期間を誇った安倍晋三氏の突然の退陣を受け、その後釜となった菅義偉氏。就任当初は支持率も好調で、長年の官房長官経験から政策実行力にも期待が持たれていた同氏だったが、わずか1年ほどで菅政権は幕を閉じることとなった。彼はなぜこんなにも早く総理の座を追われることとなったのか。
ここでは、日本テレビで記者を務める柳沢高志氏の著書『孤独の宰相 菅義偉とは何者だったのか』(文藝春秋)の一部を抜粋。菅氏が総裁選不出馬を決意する直前の心持ち、そして、担当記者にだけ漏らしていた“本音”を紹介する。(全2回の1回目/後編を読む)
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オリンピック開催も新規感染者数増に弱音
7月23日、東京五輪がついに開幕する。新国立競技場の観覧席で、天皇陛下やIOCのバッハ会長と並んで開会式を見守っていた菅の様子が、何度となくテレビ中継で映し出されたが、その表情は明らかに疲れ切っていた。天皇陛下の開会宣言の際に、当初、菅が着席したままだったことも、ネット上などで非難された。確かに、菅にとっては、五輪を楽しむような心境には到底なれない状況だった。この前日、東京の新規感染者数は1979人となり、感染は急拡大を見せていたからだ。
この3日後、ある場所に現れた菅は、開口一番、こうこぼした。
「いやあ、疲れたよ」
この日、菅は、広島への原爆投下後に降った「黒い雨」を浴びて健康被害を受けたとして住民が起こした、いわゆる「黒い雨訴訟」で上告を断念する決断を下した。厚労省は、「今回の原告が、『黒い雨』により健康被害を受けた科学的根拠は乏しい」として上告すべきとの意見だったが、菅のトップダウンの判断で、上告断念となった。「あのままだと、裁判中に、原告で亡くなってしまう方も出てしまうからね。俺は最初から、こうしようと決めていたよ」
国民感覚を大切にする、菅らしい政治判断を久しぶりに見た気がした。
そして、東京五輪では、日本選手団のメダルラッシュが続いていた。
「総理は、オリンピックは見ているんですか?」
「柔道の阿部一二三・詩兄妹は安心して見ていられたね。ソフトボールも明日勝てば、金メダルか。俺、スケボーとか視察に行ってみたいんだけど、どう思う?」
「感染対策など、見に行かれるのは良いと思います」
「そうか、じゃあ、一回行ってみようかな」
「開会式は、いかがでしたか?」
「テレビで見ているのと違って、あの席では解説がないからよく分からないんだよね。パントマイムみたいなやつとか、すごい人気だったみたいだけど、会場ではよく分からなかった。ドローンはすごかったけどね」