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 そして、今度は8月9日、長崎市で行われた平和祈念式典に、1分間遅刻したのだ。総理の一行は、式典の会場には4分前に到着していた。駐車場に到着すると、警護官から「ここで時間調整をさせてください」と言われたため、菅は「では、トイレに行かせてください」と手洗いに向かった。しかし、警護官の想定よりトイレの場所が遠く、式典に遅れてしまったのだ。車に同乗していた秘書官は「申し訳ありません」と頭を下げたが、菅は「俺が悪いから」とかばった。そして、翌日、報道陣に対し、遅刻についても謝罪することとなった。

 自民党議員からは、「ただでさえ、総理の人気が落ちているのに、この人で大丈夫なのかという空気が一気に広がっている。これは致命的なミスだ」との声が上がった。

「ワクチンだって、俺がやらなければ一日100万回なんてできなかった」

 この3日後、2週間ぶりに会った菅は、額に深い皺を寄せ、目の下は薄黒く窪んでいた。

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「お疲れじゃないですか」

 弱々しい笑みを浮かべた。

「疲れているよ」

「暑いし、夜も寝付けないのでは?」

「そうなんだよな」

 この日、東京の新規感染者数は4989人に上っていた。新たな変異株、デルタ株は、これまでのウイルスとは桁違いのスピードで感染を広げていた。

「感染がなかなか落ち着きませんね」

「今はお盆で帰省前に検査をする人が多いから、来週になれば減ってくるんじゃないか。ワクチンも8月末で1回接種を終える人が6割になる。そうなると、今のアメリカ並みになるし、9月末にはイギリス並みになる。そうすれば落ち着くでしょう」

 振り返ってみれば、ここからの2週間が第5波のピークだったのだが、当時は、どこまで感染が増えるのか、天井が見えない状態で、国民の不安も限界に達していた。

「それでも、欧米のようには減らないかもしれないのでは?」

「どうなるかだね。ウイルスも季節性の面もあるんだよね。だから、力ずくではどうにもならないんだよ。増えたり減ったりを繰り返していく。それでも、抗体カクテル治療もどんどん広げているからね。もう少しで落ち着くよ」

 そして、唇を歪めて、憮然とする。

「世論調査で『指導力がない』と言われるけど、こんなに指導力のある総理はいないだろう。ワクチンだって、俺がやらなければ一日100万回なんてできなかった。俺は退路を断ってやったんだから。それが達成したら、みんな当たり前のことになってしまった」

©文藝春秋

 この日、どうしても踏み込まなければいけない話題があった。

「総裁選は、やりますかね?」

「どうするんだろう」

「新潟県連がいかなる状況下でも、党員・党友投票を含めた総裁選を予定通りやるべき、との要望書を出していましたね」