「それまで学校の友達にバンタンと言っても誰それという感じだったのに、話が通じるようになりました。その後『Danger』(2014年8月)でまた落ちましたが、年末のMAMA(Mnet ASIAN MUSIC AWARDS)のパフォーマンスが話題になって、2015年の『I NEED U』で初めて1位を獲ったんです。後続曲の『DOPE』もヒットして、海外のファンも増えていきました」
コンサートにも何度も行き、多感な10代をBTSとともに過ごしたIANさん。他のグループなどに目移りすることはなかったのだろうか。
「なかったですね。友達には『どうしてバンタンがそこまで好きなの』と聞かれるんですが、自分では特別に追いかけているという感覚はなくて。子供のころから好きだからでしょうか。バンタンの音楽を聞くことや動画を見ることは、日常生活の一部という感じです」
日本のファンが贈ったインイヤー
最後にお話ししてくださったのは、JINSUPPORT JP、通称ジンサポさん。
10月24日のオンラインコンサートでJINがつけていたピンクのインイヤーは、2017年のJINの誕生日を記念して日本のファンが贈ったものだ。そのインイヤーの制作費用とりまとめから事務所との折衝まで担当したのがジンサポさんだ。BTSを知ったきっかけは?
「他のK-POPグループを追っていたときのお友達が『一回この子らの曲聴いて!』って教えてくれたんです。2013年の7月だったと思います。で、聴いてみたらかっこよくて。当時人気があったBIGBANGなどと違って大衆受けはしない感じだけど、インパクトがすごかった。
そこからバンタンに興味を持って、たまたま公式ツイッターを見たら、SUGAが撮ったメンバーの写真があったんですよ。『後ろ姿だけどこの子めっちゃかっこいい!』と思ったのがJINだったんです(笑)。この人はどんな顔をしているんだろう、というところから入りました」
素敵な出会い方だ。ジンサポさんによれば、デビュー当初は韓国よりも日本のファンのほうが多かったという。
「韓国で音楽番組の観覧に行って、現地の人に防弾少年団のファンだと言っても『誰?』って訊かれたんですよ。でも、日本のイベントは2013年12月に開かれた最初のショーケースから満席で。100人分の名義を借りて応募したのに抽選に外れた知人もいたくらいでした。初めて見た彼らの印象は、とにかく一生懸命で必死、そしてキラキラしていました」
K-POPには新人アイドルにファンが食事を提供するなど、さまざまな形でサポートする文化がある。日本ARMYの間でも、現場やSNSで交流するうちにサポートアカウントが生まれた。
「例えばあるイベントでバルーンアートのお祝いを出したことがありました。各メンバーのサポートアカウントが出しているなか、ちょうどJINサポートがいなくなってしまった時期があって。JINだけバルーンがないのは寂しいので、私が自腹で出しました(笑)。そうしたら、他のJINペン(JINファン)の方々が写真を撮ったり、すごく喜んでくれたんですね。
その出来事が励みになって、たくさん同じ気持ちの人が集まったらいろんなことができるかなと思って、サポートアカウントを運営するようになりました」
前述したとおり、音楽的な評価は低くなかったものの、BTSはなかなか韓国で1位を獲れなかった。
1位獲得のために日韓のファンが協力
「『Danger』が期待しながらもあと少しで1位には届かなかったので、『I NEED U』は本気で1位を獲るつもりで作った曲だと思います。
韓国のARMYもどうしても獲らせたいということで、人数が多かった日本のARMYに『協力してください』というお願いがきたんです。だからストリーミングや投票など、できるかぎりのことをしました。
1位を獲ったあとのサイン会でRMが日本のARMYにも感謝の言葉を伝えてくれたのは嬉しかったですね」