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希少な文化財としての「昭和ラブホテル」

 ラブホテルは今でこそ、雑誌で特集ページが組まれたり、専門の情報サイトがあることで、どこにどんなラブホテルがあるのか簡単に探すことができるようになった。しかし風営法により広告看板が規制されているため、かつては派手な外観でホテルを目立たせることで広告塔としての役割を担っていた。

 また、非日常的な内装や派手な装飾、最先端の設備を揃えることにより、クチコミが広がり新たな客を呼び込んできた。昭和の時代であれば、最新のテレビ、クーラー、カラオケ、ゲームなどをいち早く導入。回転ベッドや鏡張りの部屋も、カップルたちの気分を上げるのに一役買っていた。平成になっても様々な機能を備えたジャグジーバス、温泉、岩盤浴、最新のゲーム、電化製品など、日頃経験できないものに触れることができた。ラブホテルとは、その時代の憧れを体験できる場所であった。

 
全国各地で撮影したラブホテル

 しかし、記事の冒頭にも述べたように、昭和の時代に作られたラブホテルは年々減り続けている。

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ホテルのうきょう。現在は廃墟になっているが、営業当時は部屋の冷蔵庫に野菜が入っていた。満室の場合は「豊作」、空いているときは「不作」の表示がホテルの入り口に出ていた。

 ホテル自体は残っていても、改装されたり、古い設備が撤去されたりすることもあるため、昭和の面影が今でも残っているホテルはかなり貴重なものなのだ。その時代の世界観を今後再現することは難しいだろう。

 なくなっていくことは止められない。しかし少しでも長く営業を続けていただくためには、我々が利用する以外方法がない。

 いまや、ことをいたすだけが目的ではない。宿泊先としてラブホテルを選択肢に入れることも一興だろう。

写真=あさみん
 

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