その直後、Bさん(63)からも、同じ記事を貼ったLINEが届く。Bさんは生粋の東京・世田谷の人だ。
《行ったことあります。記事にも出てくる、三和本通商店街を見に行った時に、偶然かんなみ新地の前を通り、こんなところにこんな場所が……と心底驚きました。遊郭跡と違い、現役感があふれていました》
《ホント驚愕でした。さすが大阪…違う、尼崎は兵庫県でした》
《偶然通りかかれるような立地なんですね?》
《そうですよ。昼間だったから、女の子はいず、扉も閉まっていましたが、日常の空間の隣にあるんだと、ホント驚愕でした。さすが大阪だと思いました。あ、違う、尼崎は兵庫県でした》
《アマは元は大阪と同じ摂津国。電話の市外局番も大阪と同じ06ですけどね》
《そう、関西の人はアマっておっしゃるんですね》
《はい。親しみを込めて(笑)》
《東京から行って、ついでとはいえ、わざわざ三和本通商店街を見に行くって、私ヘンですね(笑)》
《いやいや、ツウでいらっしゃるから(笑)》
と、やりとり。Bさんは、大阪出張のたびに大阪の下町を歩き、拙著『大阪下町酒場列伝』(2004年刊)に登場する古めかしい店で飲むのが、もはや習慣化した人だ。
阪神タイガースのお膝元
AくんやBさんのように「かんなみ新地、70年の歴史に幕」に心揺さぶられる人、多いんだろうなーと、記事を読み返して思うにつけ、私自身はその存在すら知らなかったくせに、建物があるうちにこの目で見てみたくなってくる。そんな折も折、「かんなみ新地の今を取材してきてください」と、文春オンライン編集部からオファーが入った。ラッキー。渡りに船である。
というわけで、現地へ繰り出した。
JR大阪駅のすぐ前の阪神電車大阪梅田駅から急行に乗り、わずか9分で尼崎駅に着く。
梅田からの「時間距離」は、飛田(大阪市西成区)より近いなーと、かつてせっせと取材に通った飛田とつい比べてしまう。飛田は、地下鉄御堂筋線の動物園前駅から古びた感のある商店街を通ってアクセスするが、こちらは人口45万人の尼崎市の中心部だ。パチンコ店や飲食店がひしめくアーケードの尼崎中央商店街を通る。緊急事態宣言明けでもあり、人通りがとてもとても多い。
600メートルほど進むと、頭上に黄色い鳥居が現れた。「参虎殿」「日本一祈願」と書かれている。なんですか、これ?
「タイガースに決まってるやろ」
と、野球帽をかぶった年配男性が反応してくれる。柱にくっついた虎人形を指して、「タイガースが点入れたら、あそこに日本一早く点が出るんやがな」