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「中2の時に、お兄ちゃんにサレた」女性が明かした“本当の身の上話” 彼女らはなぜ「飛田新地」で働くのか?

「さいごの色街 飛田」#6

2021/05/08

 知る人ぞ知る大阪市西成区の歓楽街「飛田新地」も、2020年からコロナ禍の打撃を受け続けている。

 2020年4月から5月までは加盟店約160店が休業。2019年のG20大阪サミットの時期にも営業を自粛したが、長期休業は異例だ。2021年4月25日からも大阪に緊急事態宣言が発令され、酒類を提供する飲食店は休業を余儀なくされている。

「料亭」を名乗って営業をしている飛田新地に軒を連ねる店にも多大な影響が出ていることだろう。色街・飛田新地は秘密のベールに包まれた街ゆえにその窮状が大きく報じられることはないが、そこには懸命に生きる人々が確かに存在している。

 ノンフィクションライターの井上理津子氏は12年に渡ってこの街を取材し、2011年に上梓した名著「さいごの色街 飛田」(筑摩書房、現在は新潮文庫に収録)で彼らの姿を活写している。その一部を抜粋し、転載する(転載にあたり一部編集しています。年齢・肩書等は取材当時のまま)。(#5#7#8へ)

飛田新地の料亭 ©️永田収

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居酒屋で聞いた「『昼間はOL』は雰囲気づくりのためのウソ」

 私は、深夜の「おかめ」(※飛田新地にある居酒屋)に溶け込めないでいた。マスターもママも、あえて私がな何者なのかを知らないように装う。そりゃそうだ。「おかめに、あやしい取材者が来ている」と噂でもたてば、お客が来なくなること必至だろうし。

 今思えば、おねえさんたちと知り合うせっかくのチャンスを、みすみす逃したと思う。ファッションの話やペットの話、酒の話など、ダメで元々、もっとこちらからとっかかりをつけていけば、1人や2人メールアドレスを交換できる相手を見つけることができたかもしれないと思う。しかし、飛田に通い出して何か月かのそのころ、私は黙って聞き耳を立てるか、ひと言ふた言おねえさんたちの会話に口を出すのが関の山だった。

飛田新地は大阪の下町のなかにある ©️永田収

 おねえさんたちは、1人での来店とつれ立っての来店が半々くらいだったか。12時すぎに来店し、生ビールを1杯か2杯飲んでひと息つき、「ラーメン食べに行こ」「歌いに行こ」と出ていく者もいれば、2時、3時まで飲食し続ける者もいた。私が眠気をこすり、2時、3時まで「おかめ」にいて、仕入れることができたのは、

・夜のおねえさんは、徒歩圏内かタクシーでワンメーター程度のところに住んでいて、この仕事専業。お客に言う「神戸から通ってる」「昼間はOL」は、雰囲気づくりのためのウソ。昼は東淀川や堺など遠方から通っているおねえさんもいる。

 

・店に座るのは(多くの場合)15分交代。他のおねえさんが奥の茶の間にいて、交代する。そうでないと、座っているだけでも結構疲れる。

 

・おねえさんたちには、経営者、おばちゃん(曳き子)に対し、「私が稼いであげている」という優越感がある。正規料金以外にお客がチップをくれると、ポケットに入れる。たまには経営者、おばちゃんにお裾分けしてあげることもある。

 

・嫌な客は、おばちゃんが招き入れても、おねえさんが断る。外国人は断る。

 せいぜいその程度だった。