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夫から受けたDV「めっちゃ殴られて鎖骨が折れた」

 女の子が彼女のところに戻ってきた。ミックスジュースとミックスサンドを追加注文し、子どもに与え、口元を時々拭いてやりながら、続きを話してくれる。話の内容が子どもに伝わるのではないかと、私はハラハラするが、彼女は一向に気にするそぶりを見せない。

©️永田収

「貯金額がもうちょっとで200万円というとこまでいった21の時に、この子の父親と結婚して、飛田を出たん。ダンナは客のトラック運転手。ウチに入れあげてた“いい子”やったのに、腰を痛めて欠勤するようになって、あれよあれよという間にうちの貯金に手をつけよった。『ウチの金をアテにせんといて』となんぼけんかしたか。めっちゃ殴られてんで。鎖骨が折れたほど。それでも我慢したけど、娘に手をあげた時に、もうムリやと思った。娘をつれて、荷物両手に持てるだけ持って、(飛田の)マスターのとこへ戻って来たん……」

 波瀾万丈のこれまでを、さらさらさらと語ってくれたのだった。

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「結婚してた時が最悪やったな」

 若いのに大変やってんねえ、と言う私に、彼女は「結婚してた時が最悪やったな」と。

「マスターはほんまにいい人で、『(結婚が)あかんようになったら、帰って来ると思てた。待ってた』て言うて、ワンルーム(を借りるため)の敷金を貸してくれた。仕事が終わったら、託児所にいる娘を『早よ迎えにいったげ』と気ぃつこてくれるんよ。でも、子どもは12時に迎えに行っても1時に迎えに行ってもどうせ寝てるから、この前みたいに、たまには飲みに行くの」

 私、なんでこんな話をしてしまったんやろうと、九州訛りのイントネーションで言った。

「今の店は(飛田の)端っこのほうなので、マスターには悪いけど、“青春通り”のほうの店に変わろかなと思ってるとこ」とも。

 美容学校に行くお金を貯めなあかんもんね、と言うと、緩く微笑んだ。あまりにもトントン拍子で話が進んだために、私は彼女の年齢を聞きそびれた。

©️永田収

 ぐずり出した女の子を引っ張って、喫茶店を出て行った彼女を見送りながら、なんと悲しい境遇なんだろうと心が痛かった。彼女は、のべ4、500人いるといわれる飛田のおねえさんの、よほどの1人だろうと、そのころの私は思った。(#7へ続く)

さいごの色街 飛田 (新潮文庫)

理津子, 井上

新潮社

2015年1月28日 発売

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