知る人ぞ知る大阪市西成区の歓楽街「飛田新地」も、2020年からコロナ禍の打撃を受け続けている。
2020年4月から5月までは加盟店約160店が休業。2019年のG20大阪サミットの時期にも営業を自粛したが、長期休業は異例だ。2021年4月25日からも大阪に緊急事態宣言が発令され、酒類を提供する飲食店は休業を余儀なくされている。
「料亭」を名乗って営業をしている飛田新地に軒を連ねる店にも多大な影響が出ていることだろう。色街・飛田新地は秘密のベールに包まれた街ゆえにその窮状が大きく報じられることはないが、そこには懸命に生きる人々が確かに存在している。
ノンフィクションライターの井上理津子氏は12年に渡ってこの街を取材し、2011年に上梓した名著「さいごの色街 飛田」(筑摩書房、現在は新潮文庫に収録)で彼らの姿を活写している。その一部を抜粋し、転載する(転載にあたり一部編集しています。年齢・肩書等は取材当時のまま)。(#6、#7、#8へ)
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「最悪のことを考えると、行けない」難航する“料亭潜入”
飛田の「料亭」の中を見たかった。女の私が上がれないなら、男友達に上がって来てもらおう。そこで次に、
「料亭の中の様子をつぶさに見て来てほしい」
と、数人に頼んでみたのだが、「ちょっとそれだけは」と断られるばかり。公務員のHさん(38歳)など、「めったにない経験だから」と面白がっていったん引き受けてくれたものの、当日に断ってきた。曰く、
「最悪のことを考えると、行けない」
最悪のこととは、自分が料亭に上がっている時に警察に踏み込まれたら、ということ。逮捕され、職を失う可能性も含んでいるのだと。
「いいよ。取材を手伝ってあげるわ」
と言ってくれる人が見つかるまでに2か月ほど要した。旧知のカメラマンIさん(51歳)。「井上さんのために、ひと肌脱ぎましょ」とノリがよかったのだが、その当日、ちょっとしたハプニングが起きた。